熊本城と桜 2

豊臣秀吉が木下藤吉郎と名のっていた以前より姻戚関係があり後に小姓となった、幼名 虎之助こと「加藤清正」が築いた名城「熊本城(隈本城)」です。肥後の国、五十四万石の大大名となるまでは壮大な歴史ドラマがあったことはご存知のことと思います。秀吉亡き後、石田三成との確執で計らずも東軍(家康)に付きましたが、近い将来、天下を賭けた戦いがあるとの思いがあったのでしょう、築城には守りも攻めにも工夫を凝らし、戦国の世を戦い抜いた「清正」らしい剛健さと優雅さを持った名城です。城内には秀吉の子「秀頼」を迎えるための居室も作ってあり、太閤、恩顧の大名として信義にも厚い武将だっのですね~清正の死後、城主は細川家に代わりますが、当主、細川忠利が初めて肥後の国入りの際には、清正の位牌を捧げ、大手門に深々とぬかずき、天守に登り清正の墓所に向かい頭を下げたと伝わっています。明治維新後の西南戦争では西郷軍との戦いで「放火説」「失火説」などがあり原因は特定されませんでしたが、天守閣を含む大部分が消失しました。今もなお「熊本城」があるのは、悠々と天を突くばかりにそびえる「清正流」と云われた堅牢な石垣があるからなんですね~武者絵によく描かれる清正の虎退治!朝鮮出兵の際の数々の武勇!戦国武将の代表的な勇猛な人柄と思いきや、築城技術に長け信義に厚い武将でした。(参考 熊本城HP)
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by flycoachman | 2015-04-08 22:20 | 風景写真

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