北海道photo一撮り旅

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カテゴリ:狛犬( 218 )

道南の狛犬を訪ね歩き毎日更新してきましたが、道南編は今日で終わります。行きそびれた神社も多くありますが、いずれ巡ってみたいと思っています。今日は道南最後に相応しく?北海道最古の年号が彫られた狛犬がある 旧南茅部町の「厳島神社」です。平成の大合併により南茅部町も函館市に合併されました。その旧南茅部町に宝暦三年(1753年)より鎮座している厳島神社は創建当初は「辨天島」にあったそうで、後に埋め立てられ地続きになり現在に至ったそうです。祭神は「市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)」で、厳島神社の総本社、安芸の宮島の厳島神社と同じですね~

狛犬の台座には明治八年と彫られ、年号の彫られた狛犬とすれば北海道最古の狛犬かと思います (狛犬と台座が同時期に奉納されたとすれば) 阿吽(あうん)は反対です、貌の表情も穏やかですね、石工名は彫られていませんが、道南の狛犬の大先達 石匠「井上喜三郎」の狛犬を参考にしたのか、尾の形状が良く似ています。神社はさほど大きな社ではありませんが、彫刻が素晴らしいですね~流造り拝殿の虹梁、蟇股、木鼻などの彫刻はこれまで見てきた中でも最も優れたものに感じました。

各地の狛犬を訪ね歩けば、そのまま歴史探訪の旅となり、己の無知を今更知る機会となり、随分とありがたく勉強もさせてもらいました。せめてもの感謝にお賽銭を入れ 二礼二拍手一礼をするも、拝殿の奥から天の声が聞こえ「まだまだ勉強が足らん!」との事で、これからも道北や道東の神社を訪ね歩く事にしました。風景写真や日常の写真など織り交ぜ、狛犬を撮るつもりでいます。引き続き「北海道 photo一撮り旅」よろしくお願いします。

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by flycoachman | 2016-04-11 22:55 | 狛犬
八雲町熊石の「北山神社」です。国道229号線(追分ソーランライン)に沿って航海の安全や豊漁を見守るように日本海に向いて建っています。鳥居は花崗岩製で北前船で運ばれてきたのでしょうか?元和元年(1615年)の創建ですから「大坂夏の陣」が終わり徳川幕府が盤石の礎を築いた頃の事で、北陸や東北の豪族や漁民、商人たちが、関西の戦(いくさ)には、われ関せずとばかり北へ、北へ蝦夷地へと権益を求め荒波の日本海を死を賭してやって来たのかも知れません。

狛犬は新旧二対いました。新しいものは昭和五十一年奉納の現代岡崎型です。その新しい狛犬が来る以前に拝殿前に居たであろう小さな狛犬が、拝殿に上がる石段の下で台座も無いまま健気に仕事をしていました。昨日の「泊神社」ほど風化していませんが、こちらは狛犬と云うよりも猪か豚を連想させるような肥満の狛犬でした。奉納年、材などの委細は不明です。手造り感が伝わってくる愛嬌のある狛犬でした。
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by flycoachman | 2016-04-10 22:26 | 狛犬

「泊神社」狛犬 (江差町)

道南の狛犬を続けます。江差の町を過ぎ「追分ソーランライン(国道227号線)」に沿って北上すると程なく泊町「泊神社」がありました。由緒より「立不詳なれども、貞享元年(1684)再建された。泊村の百姓孫右ヱ門が個人の守護神として八幡大菩薩を奉斎したことに始まり、後に村の鎮守として祀られた。明治九年村社に列格し、その後、長禄三年創立の岩城神社外六社を合祀して、大正五年泊神社と称した」氏子世帯数六十ほどの小さな社ですが、道南の社殿の拘りをここでも見ることができますね~

花崗岩の明神鳥居、流造り拝殿の虹梁、蟇股、木鼻などの彫刻は、どれも見事なもので、鰊漁で沸いた往時を思えば、他の地区の神社に「負けちゃなんねェ!」とばかり競って奉納したのかも知れません。狛犬は一対、なんと、石燈籠の上に置かれいました。推測すれば燈籠真ん中の「火袋」が破損したので「笠」を下げてその上に台座替わりに乗せたものではないかと、、狛犬はとても古く見えるもので風化し、阿吽(あうん)の判別さえも分からず、よって委細不詳ですが、氏子世帯数六十戸の氏子さんに大切にされている事は想像に難くないですね~

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by flycoachman | 2016-04-09 22:57 | 狛犬
江差町「姥神大神宮」その2です。訪れたのが昨年春の事で境内には、鯉のぼりならぬ「鯡(にしん)のぼり」が青空を泳ぎ、江差ならではの光景に思わず笑みがこぼれましたね~今日の狛犬は境内末社の「天満宮」の前に居たものです。由緒書きによれば天満宮は「安政三年 菅原道真公を御祭神として創設」

とありますので北海道各地の天満宮の中でも古い歴史を持つ宮ですね~
狛犬は台座に刻された文字は判読不能で詳細は不明です、阿吽(あうん)は定位置で小柄な狛犬でした。大正期ほどの時代はあろうかと思います。姥神大神宮は旧社格で云う「県社」で「渡島国の一宮」とも称される由緒ある神社でした。
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by flycoachman | 2016-04-06 22:54 | 狛犬
所用がありまして、旭川に来ております。大正十年生まれの母の介護ですから「老老介護」の言葉が腑に落ち、自分の事かと納得してしまいます。毎日、ブログで古い時代の話を綴っていれば、母の幼い頃の話など聞き疲れるまで聞いておけば良かったと、、

今日は江差町から「姥神大神宮」その1です。ここでも又、北海道最古の神社との呼称が出てきますね~道南の神社では記録が無いほどに古いと云う事で、創祀が社伝や口伝、伝説の類が、いつしかまことしやかになり、最初に文書に残したり、奉納年が刻された狛犬や鳥居、手水鉢、鰐口を創祀の拠り所としているのでしょうね~社伝によれば

建保四年(1216年)江差の海辺・津花町に創建されたと伝える。そのころ、津花の浜に「折居様」と呼ばれる老姥が庵を結んでいた。彼女には予知能力があり、天気や病気の流行を予言しては周囲に伝えるので、村の衆から何かと大事にされていた。さて、ある年の春先のこと。折居は神島から光が発せられているのを見て驚き、光の源を訪ねて島に渡った。島には老翁がおり、「この中の水を海に撒くと、鰊という魚が群れになってやって来る」
と、彼女に瓶子を授けた。その瓶子を持ち帰り、中の水を海に撒いたところ、話にたがわず鰊の大群が押し寄せ、村は豊漁に沸き立った。ところが、村人が礼をしようと折居を訪ねたところ、彼女はいつのまにか姿を消していた。そこで、庵に残されていた神像を「姥神」として祀ったのが当社の始まりという。現在境内にある折居社は、後に姥神を祀ったものであるという」

と云う事で、1216年ですから現在より八百年前となります~また「Wikipedia」によればアイヌ起源説もあるようで、八百年も前ですとアイヌ民族の神話伝承の説が納得しやすいですね~ 狛犬は二対ありました、拝殿前の一対は小型花崗岩製のもので、阿吽(あうん)は定位置、私は確認できませんでしたが、資料によれば文久四年(1864年)奉納の浪速型です。道内で最も古い浪速型ではないでしょうか、、他にも明治期奉納の手水鉢など、境内に歩み入ると歴史の重みが、ひしひしと感じるほどの神社でありました。明日も「姥神大神宮」が続きます。
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by flycoachman | 2016-04-05 23:28 | 狛犬
江差町の「厳島神社」です。昨日も書きましたが北海道神社庁データベースに記載がありませんので委細は不明ですので、江差町のHPなどからの転記です「元和元年(1615年)回船問屋仲間が海上安全の願いをこめ、弁財天社として建立。北前船関係者、商家の信仰をあつめ、明治元年(1868年)に厳島神社と改称されました、、以下略

狛犬は花崗岩製の古いもので明治三十二年の奉納と彫られています、阿吽(あうん)は定位置 道南ではあまり見られない意匠で、北前船で日本海を揺られて来たのでしょうか~尾の形状から推測すれば尾道構え型の意匠を模したものではと思いますが、体躯のバランスや貌の表情、脚の形状などを見れば狛犬を彫りなれた石工のものでは無く、どこか意匠の稚拙さを感じさせる狛犬ですね~奉納年の明治三十二年頃ともなれば四~五対の狛犬が道南に奉納されていたでしょうから、それらを見た願主(奉納者)が、同じような意匠の狛犬をと注文をしたのでしょうか、、
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↓ 訪れた当日は拝殿の塗直しが行われていて、仕上がったばかりの「木鼻」を撮ることができました(画像は左右合成)
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by flycoachman | 2016-04-02 22:43 | 狛犬
「江差の五月は江戸にもない」と伝えられるほど江戸期から明治初期にかけて江差の町は賑わっていたそうです。この地方ではニシン漁が主産業のせいか、漢字で「鰊」と書かず「鯡」魚にあらず非なるものと書いたそうです。当時、蝦夷地松前藩では稲作はできず、徳川時代約三百藩のうち唯一、石高がない大名で、外様「一万石 格」であったそうです。米が徳川幕藩体制を支えたのは周知のとおりですが、松前藩では鰊ほか海産物が財政を支える基軸となり鰊は魚にあらず「鯡」で米や通貨の代わりと云うことでしょうか、

今日は江差かもめ島にある「厳島神社」です。神社庁には記載がありませんので詳細は不明です。狛犬は明治期の奉納であまり見られない意匠ですね~狛犬の画像は明日UPします。今日はかもめ島の風景写真、湾内に設置されている朱塗りの明神鳥居です、安芸宮島の厳島神社を連想させる鳥居ですね~奥に見える岩が「瓶子岩」で説明板には「伝説に依れば、神様から瓶子を授かった折居という姥が、瓶子の中の水を海に注ぐと、ニシンが群れて江差の人々の糧になりました。その時の瓶子が逆さまになり岩になったという伝説の岩です」

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明治元年まで厳島神社は弁天社と云ったそうでその頃、江差回船問屋、村上三郎右衛門が奉納した手洗鉢です。方向石も兼ねた鉢で海運とともに栄えた江差の神社に相応しい手洗鉢ですね~
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        天保九年(1838年) 奉献の御影石鳥居 
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by flycoachman | 2016-04-01 22:31 | 狛犬
江差町の「柏森神社」です。創祀が貞亨二年(1685年)ですからここも古いですね~狛犬は新旧二対ありました。拝殿前には新しい岡崎現代型が対座し、末社の稲荷社の前には来待石製「出雲構え型」風化し破損もありますが稲荷社の前で仕事をしていました。阿吽(あうん)は定位置と思われます、台座が無いため奉納年、奉納者などは不明です。

岡崎現代型が奉納される以前はこちらが拝殿前に居たのでしょうか、、「柏森神社」には江差町指定有形文化財の「円空仏」があります。僧 円空は江戸前期の僧で、円空仏と呼ばれる素朴で慈愛に満ちた仏像を全国各地に残したことで知られていますね~蝦夷地には寛文三年(1663年) シャクシャインの乱が起こる三年前に来て道南や道東にも多くの仏像を残しています。江差町の円空仏はこちら
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by flycoachman | 2016-03-31 22:38 | 狛犬
乙部町元町にある「八幡神社」です。元町と云われるほどですから乙部町発祥の地なのでしょうか、国道傍には木製の両部鳥居、拝殿近くには御影石製の明神鳥居、いずれも立派なものでした。同町のHPによれば和人が移住し始めたのは中世の嘉吉年間と伝えられている。 その後、ニシンの豊漁期に越後・佐渡・能登方面から移住者が増える」とある事から北陸、佐渡方面の航海術に長けた漁民が漁期ごとに今で云う、出稼ぎの形で来ていたのでしょうね~

神社は現乙部町内に八社ありそのうち八幡神社が四社あります。古い時代には神仏習合があり、神も仏も混沌としていた時代であって、武家が祀る神ではありますが「八幡大菩薩」とも言われる 八幡神社境内に「神宮寺」なども在ったと知られています。日本海の荒波を超え蝦夷地に渡るには、神にも仏にも祈らなければならなかったのでしょうね~

神社の由来も面白い「社伝によると、宇田遠江守師長他三名の従者が戦に敗れ船で乙部に逃れてきた際、飢えと疲労が甚だしかったので人家を探していたところ、夜に輝く光を見て人家と思い近寄ったがそれは月桂樹の老木の木瘤で、この不思議な木に祈願し人家の所在地を占ったところ、西南の方角に人家を発見し飢餓より救われたので、後日その老木の神徳に感謝し木の根元に塚を建て八幡大神を奉斎、この地に定住したという。慶長六年(1601年)五月十五日、住民が増加してきたので社殿を建立し岡山八幡宮と称した。宝永年間、人口の増加と共に飲料水が不足したため村人らが社頭に集まり祈願すると三十七日目に本殿の近くから清水が噴き出し、人々は「信心の水」また「八幡様の水」と呼び神の恵みに感謝したという、、以下略」 

狛犬がいいですね~ 近隣の神社では見られない意匠です、阿吽(あうん)は反対、阿形は子取りで、子孫繁栄の願いが込められたのでしょうか、残念なことに材質、奉納年、石工は不明です。奉納者として氏子中、数名の名前が刻されていました。神社由緒にもありましたが、鳥居前に 命の泉「八幡さんの泉」と書かれた標識が有り誘われて口に含めば瞬時タイムスリップしたような、、、
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by flycoachman | 2016-03-30 22:25 | 狛犬
海岸沿いの国道229号線から数百メートルほど入った所に民家に囲まれた「鳥山神社」がありました。氏子数が五十世帯、祭礼日が八月十八日とあり、私が訪れた五月初旬は祭礼前とあってか、参道は雑草が生い茂り狛犬も灌木や雑草に埋もれていました。わずか五十世帯ほどの氏子さんではありますが、狛犬は来待石製で年季の入った表情でしたね~台座はなく奉納年、奉納者は不明です。阿吽(あうん)は定位置、意匠から推測すれば大正から昭和初期頃に奉納されたものでしょうか、、
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by flycoachman | 2016-03-29 22:33 | 狛犬

by coachman