北海道photo一撮り旅

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国道275線に沿って銀色に塗られた鉄製の鳥居が目立つ神社でした。神社庁HPの由緒に依れば、 「開拓当時それぞれの移住地に4社を祀ったが、大正十年相寄り協議し現在地に1社に統合し中小屋神社として祀った、、、以下略」 開拓当初は集落ごとに奉った「氏神」も、道路が整備され、やがて交通の利便性が高まると、各集落は地域として統合され、それに伴い集落の氏神も統合されたようで、大きく立派な社殿が作られるようになったようですね~

時代が進むにつれ、各地にみられる事象です。拝殿前に狛犬が一対、スレンダーな体躯にやや、きつい貌は神使として昭和十五年より参道狛犬として精勤?しています。軟石狛犬で阿吽(あうん)は定位置、道産子狛犬ですね、台座には「皇紀二千六百年記念」とありました。皇紀二千六百年記念の文字は、他社の狛犬や、石燈籠、鳥居などにも刻されてあり、神話の世界の「神武天皇」の即位から二千六百年(昭和十五年) 古い書物など読めば、国を挙げての祝賀ムードだったようですね、

挙国一致を目指した皇紀二千六百年記念の国家的行事は、当時の近衛内閣が目指した「大東亜共栄圏」へのプロパガンダ以外何物でもありませんね~そんな事も狛犬が教えてくれます。
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by flycoachman | 2015-10-31 22:25
今日は「新篠津神社」です。新篠津村の村名ですが「新十津川村」同様、本州からの集団移住した郷土の出身地名かと思っていましたが、さにあらず江別市の篠津村から移転してきた人々が開拓した村だったのですね~地図で見れば石狩川が大きく蛇行した跡が三ヶ月湖として点在して、開拓当時は、同じく石狩川沿いに入植した奈良県十津川郷の皆さんのご苦労を書いた「新十津川村物語」(川村たかし著)

に書かれた内容と同じようなご苦労があったのではないでしょうか~新篠津は丘陵地がほとんど無く水稲には向いてはいますが、石狩川に近い低地ですので、今も多く残る排水路をみれば開拓当時から水害への備えが重要だったのでしょうね~明治二十九年創祀の新篠津神社は、境内はきれいに整備されて氏子さんに大切にされてる神社なんですね。狛犬ですが、昨日同様「出雲かまえ型」の意匠で、大正十年生まれ道産子狛犬です。阿吽(あうん)は定位置、阿形(あぎょう)が咥えた玉が古さを感じさせる狛犬でした。
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by flycoachman | 2015-10-30 22:10 | 狛犬
以前、江別方面からR275方面へ抜けようと新篠津の道道を走行中、予期していない鳥居を見つけ慌てて止まりました。神社庁のデーターベースに記載されていない「三社神社」です。由緒書きはなく、小さな社で短い参道は玉砂利が撒かれ、手水舎も手水鉢も新しく氏子さんに大切にされている印象の神社でした。偶然に見つけた神社でしたが、神も仏もあるもので(?)珍しい「出雲かまえ型」の意匠を持った軟石狛犬に出会えました。

阿吽(あうん)は定位置で、小柄な狛ちゃんではありますが、なかなかいい貌をしていましたね~昭和十年生まれの軟石狛犬です。新篠津村のHPに依れば、隣町の月形町に明治十三年に樺戸集治監ができて以来、囚人によって道路など生活基盤が整備されたとありますから、集団移住が容易になったようですね~当初は兵庫県からの開拓団で、想像すれば山陽と山陰、山を越えれば出雲ですから「出雲かまえ型狛犬」も 開拓団の人たちが、郷里の神社と同じ意匠の狛犬を欲したのかもしれませんね~

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「参考資料」

「狛犬辞典」上杉千郷著 「狛犬コレクション」三遊亭円丈著「狛犬かがみ」たくき よしみつ著 
「札幌の寺社」札幌市教育委員会「獅子狛犬と龍」獅子狛犬研究会「神社と神道のQ&A」三橋健著
「神社辞典」白井永二 土岐昌訓著「神社と神様がよく解る本」島崎晋著
「北海道の狛犬」丸浦 正弘著「北前船寄港地と交易の物語」加藤貞仁著
「狛犬遍路みち」宇野 弘介著   (出版社名略)

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by flycoachman | 2015-10-29 22:57
由来書きに依れば、明治四十五年創祀で幾度かの遷座後近隣の社を合祀し現在地に落ち着いたようです。参道階段を登り拝殿に向かえば、随分と体格のいい狛犬がいました。石工名はありませんが、奉納年が昭和二十四年とあり、阿形には六十一才記念奉納で二名の氏名 吽形には復員記念として六名の氏名が刻されてありました。還暦を過ぎ神に感謝、無事戦地から復員、いずれも昭和の時代を象徴する事象ですね~

阿吽(あうん)は定位置で台座が高く、狛犬も大型のもので頭部などは写せませんでした。表情がいいですね~立派な獅子鼻、噛まれると痛そうな大きく鋭い牙、フサフサとした たてがみと髭 特に目立つのが豊かな胸ですね、脚も太く、相当筋力トレーニングをしたようです(笑) 素材が軟石ですので道産子と思われますが、類似した意匠の記憶がありません。地元の石工さんの作でしょうか、確かな腕をもたれた職人さんですね~
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by flycoachman | 2015-10-28 22:34 | 狛犬
昨夜は、卒業50年記念のクラス会が定山渓のホテルであり懐かしい話が尽きず、更新が出来ませんでした。一日おいて、今日の狛犬は「栗澤神社」です。栗澤地区は明治二十以降、全国各地から小作農場と団体移民が多く入植し「岡山農場」「必成社」などが、組織だった開拓を始め明治の末には可耕地の九割までが開墾されたそうです。

「栗澤神社」はその「必成社農場」の地に明治三十年に創建されたそうです。狛犬が素晴らしいですね~阿吽(あうん)は定位置で、石材は出雲地方で産出される「来待石」と思われます。江戸時代から北前船で北陸、東北、北海道と運ばれ各地で出雲型と呼ばれる狛犬が多く見られますね、

来待石の狛犬は札幌近郊でも数点見られますが、石質が脆く、北海道の風雪には耐える事が出来ず、壊れかけている狛犬が多くいます。今日の「栗澤神社」の狛犬は状態がとても良いですね~台座の牡丹なども良く彫られています。大正十二年 移住三十年記念と彫られていますが、

狛犬が置かれる台は狛犬製作者とは別の地元業者の仕事が多いですので、彫られた年号が必ずしも正確とは言えず、傍に在った石灯籠などは明治の年号が刻まれていたりしますので、この狛犬の時代は、もう少し古いのかな~などと思ってもいたりしています。

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by flycoachman | 2015-10-27 22:31 | 狛犬
現在の社名は「江別神社」ですが、由緒書きに依れば、大正十五年に旧社格の郷社に昇格した際に宗教法人「江別神社」となったそうです。それ以前の社名は表参道の社号標に刻された「江別町 萩ケ岡鎮座」萩ケ岡神社だったのですね~萩ケ岡神社は明治十八年、熊本県から屯田兵として入植した人々の守護神として祀られたのが縁起とされています。狛犬ですが、軟石狛犬で道産子狛犬では、基本形とされる「山崎型」で二代目「山崎 岩吉」の作でした。

両耳が水平に張り、均整のとれた体躯、華美過ぎない装飾、表情は威厳と慈愛が感じられます(まったく個人的感想) 阿吽(あうん)は反対で大正四年に奉納されています。残念なのは阿形(あぎょう)の左耳が破損しています。 以下狛犬の呟きです~ 片耳のせいか、近年、神殿に忍び寄る邪悪な気配が聞きずらくなっている、こんな事では本来の守護獣としての役目が果たせない、世間では「由緒正しい血統をもつ狛犬」「資料的価値がある」などと言ってくれてはいるが、誰も耳の事を気にかけてはくれない! 最近、近所の子供たちが破損した耳を指さして「ゴジラだ!」と言っていた、実に嘆かわしい、、
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    ↓ゴジラではない!軟石狛犬の阿形(あぎょう)である
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by flycoachman | 2015-10-25 23:16 | 狛犬
恵庭市大町の住宅街に囲まれた広い境内を持つ「豊栄神社」があります。由緒に依れば、創祀とされるのは明治七年で、同地に小祠を建立とありました。明治七年ですからここも相当古いですね~ましてや「同地に小祠を建立」とありますから、141年もの歳月を経てもなお同じ地に鎮座している。各地の神社を調べると様々な理由で何度か遷座している事が多いので「豊栄神社」は稀有な例ではないかと思います。狛犬ですが軟石狛犬で昭和三年の奉納、台座には「御大典記念」(昭和天皇の即位)とあり

寄付者の名は「恵庭職工組合」で、珍しいことに製作者として「岡田菊三郎」の銘が入っていました。「菊三郎」職人に似合ぬ文人系の名前ですね~これより想像を膨らませると、菊三郎さんは職人らしからぬ優しい心根の持ち主で、酒は呑むが煙草はやらない!なぜなら飼っている猫が煙草の煙に眉をひそめるからだ、そんな訳で愛猫家の菊三郎さんが作った「豊栄神社」の狛犬は、菊三郎さん所の猫にそっくりな顔になってしまった! 狛犬の配置ですが阿吽(あうん)は反対でした。猫顔の狛犬もいて楽しませて頂ける、だから狛犬ウォッチングは止められない!

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by flycoachman | 2015-10-24 22:07 | 狛犬
しばらく、狛犬から離れ札幌近郊の秋景色などを更新していましたが、本日より狛犬に戻ります。この間も狛犬の資料を図書館などで書き写すなどしていましたが、そのほとんどが歴史を持った本州の狛犬で、意匠も素材も北海道の狛犬とは随分と違うものでしたね~時間の重みの違いを感じ入りました。今日の狛犬は北広島市の「廣島神社」です。入口にある軟石製の社号標横には「札幌郡廣島村字廣島」正面は「村社 廣島神社」と達筆な筆字風に彫られ、それだけで歴史を感じます。

狛犬ですが二対ありました。参道を拝殿に向かうと最初に迎えてくれる大正二年生まれで、小柄ながらも威厳と愛嬌を併せ持った狛犬でした。奉納者が「和田農場」とありました。明治十七年に広島県人が入植し開拓が始まった北広島、大変なご苦労が有ったかと思います。狛犬奉納は開拓成功の証なのでしょうか? もう一対、拝殿前の大きな狛犬は昭和九年生まれで、北海道型に分類できるものでしょう、ノミ痕が荒々しい力強い狛犬でした。奉納書きに「米寿記念」とありました、昭和の始めで稀有な八十八歳ですから、実におめでたいですね~

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             大正二年奉納 阿吽(あうん)は反対位置 石工銘なし
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          昭和九年奉納 阿吽(あうん)は定位置  石工銘なし
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         ↑ 狛犬の頭髪が尾と繋がっている(単なる意匠か、補強かは不明)




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by flycoachman | 2015-10-23 22:31 | 狛犬

「夷酋列像」

先日、北海道博物館で展示されている「夷酋列像」展を見てきました。サブタイトルに「蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」とある。主な展示は松前藩の家老で日本画家の「蠣崎 波響(かきざき はきょう」が描いた「夷酋列像」で江戸末期、12人のアイヌ民族の酋長を描いた原画や模写、粉本などである。フランスのブザンソン美術考古博物館から1980年代に原画11枚が発見され、話題になった事を覚えています。

北海道博物館で、9月5日から展示されていましたが、20年ほど前に読んだ「蝦夷地別件」(船戸与一 著) を再読し先日読了!原稿用紙2800枚、上、中、下巻の大作ですので半月ほどかかってしまいました。蝦夷地別件はアイヌ民族が圧政や差別、過酷な労働に耐え クナシリ・メナシの戦いに至るまでの物語で江戸幕府、ロシアやポーランド、松前藩などが絡むスケールの大きな作品です。今回の「夷酋列像」に描かれている族長の 

ツキノエ、イコリカヤニ、イコトイ、ションコなども実名で書かれ、松前藩からこの地域の場所を請負った商人「飛騨屋」の非人道的な使役も克明に描かれています。古くは蝦夷地と呼ばれた北海道は和人と先住民との戦いの歴史でもありました、1457年、渡島地方で起こった「コシャマインの乱」1669年、日高地方で「シャクシャインの乱」道東で起こった最後の戦い「クナシリ・メナシの戦い」今回の「夷酋列像」展は「クナシリ・メナシの戦い」の戦い後、

松前藩に反意を持たなかった族長12人の肖像画と言われています。幕末の探検家「松浦武四郎」が書き残した「知床日記」によれば「アイヌ女性が年頃になるとクナシリに遣られ、そこで漁師達の慰み物になったという。また、人妻は会所で番人達の妾にされたともいわれている。男は離島で5年も10年も酷使され、独身者は妻帯も難しかったとされる。さらに和人がもたらした天然痘などの感染症が、本格的にアイヌ人の人口を減少させた。」アイヌ民族から「シサム」と尊称でよばれた松浦武四郎の「知床日記」から読み取れば「クナシリ・メナシの戦い」は民族の尊厳と誇りを賭けての戦いだったのでしよう、、、「夷酋列像」に描かれなかった族長こそ、最も大きく描かなければならない「英雄」ではないでしょうか、、

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by flycoachman | 2015-10-22 23:00 | アイヌ民族

支笏湖 野鳥の森 

支笏湖温泉から南方面へ車で5分ほど進むと湖側に小高い丘「キムンモラップ山」があります「休暇村支笏湖」があり、よく整備された野鳥観察路があります。温泉街の喧騒から離れた野鳥の森の中のリゾートホテルですので、のんびりと過ごせそうですね~日帰り入浴もできますョ(720円) ホテルの前には錦の蔦をまとった巨木が茂り、周りを見れば正に錦秋の秋!小春日和の温もりに包まれた一日でした。「日ざかり 落ちる葉の いちまい」 種田山頭火
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by flycoachman | 2015-10-21 22:57 | 風景写真

by coachman