北海道photo一撮り旅

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<   2016年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

「伊達神社」の二日目です。明治の始め政府(開拓使)は、蝦夷地開拓とロシア南下政策阻止、士分の失業救済などの理由により、全国から開拓団を招請します。江戸期から続く身分制度が崩壊し四民平等が成り、身分、職業、住居、婚姻も自由になり、全国から先祖伝来の田地田畑を持たない惣領男子以下や、小作人、そして士分が入植して来ます。仙台藩のように藩を挙げて移住となると、刀を捨てたとは云え士分の誇りはあり、旧藩士の子弟教育には学問所を設けるなどしたようです。開拓使のお雇い外人、ホーレスケプロンなどは「学の志あり、必ず有益の民となる」と厳しい蝦夷地の開拓にも教育を怠らない士分の志に驚嘆しています。渡道する人たちの中には食い詰めた不埒な輩も大勢いたでしょうが、道内各地に士分の開拓団が入植した事により規律が守られ自警団的な役割を果たしのかの知れませんね (仙台藩の話となると熱が入るのは、父親が宮城県の出身だからでしょうか、宮城県のDNAが騒ぎます(笑) 

さて狛犬の話です。二対の狛犬ですが、昨日の狛犬は大正十四年奉納、今日の狛犬は昭和三十一年の奉納なんですね~見た目は今日の狛犬のほうが古く見えますが材質の違いですね(材は不明) 阿吽(あうん)は定位置、驚くのはその意匠です。どう贔屓目にみても狛犬に見えません! 尖った顎、牙がありタテガミはレゲイ風で、今にも飛びかからんばかりですね、西洋のサタンやオオカミを連想してしまいます、以前何かの本で日本には狼信仰があった事を思い出し調べてみれば「オオカミの語源は、大神(おおかみ)とする狼信仰が存在し、山の神として山岳信仰とも結びついており、近世において狼信仰の中心となった武蔵御嶽神社や秩父三峯神社の狛犬はオオカミである」(Wikipedia) との記載を見つけました。この狛犬を作った石工さんは、大神信仰を知っていたのか、、奉納者が知っていたのか、、イヤー狛犬は面白い!
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by flycoachman | 2016-01-31 23:31 | 狛犬
「伊達神社」です。祭神として五柱祀られています「伊達邦成の命」は亘理伊達藩の殿様で「田村顯允の命」は家老常盤新九朗の事ですね、伊達開拓の書物などを読み重ねれば、刀を鍬鋤に持ち替えれど武士の矜持を持ち続けるには、精神的な支柱として殿様、家老、開拓の母と慕われた亘理伊達藩最後のお姫様「保子姫」が家臣団の支えであった事は想像に難くありませんね~伊達開拓の母「保子姫」が詠んだ和歌です 「露霜の深く染めけむ伊達村のははその紅葉いろぞはえたる

狛犬は二対、拝殿前に平行に並んで居ました。この二対はいずれも個性的なもので、今日と明日に分けて更新することにしました。今日の一対は、伊達村婦人会により大正十四年奉納されたもので、惚れ惚れするほど見事に彫られた狛犬です。阿形(あぎょう)は大きな牡丹を配した獅子山に前脚をかけ、吽形(うんぎょう)は出雲型で大きな玉に脚をかける意匠で、特に素晴らしいのが流れるようなタテガミや尾の彫りですね~これらの意匠をみれば江戸狛犬を模したものと思われます。台座に銘が入っていました「越後の國 三条町 石匠 若槻○○○」○は不明 ここでも越後の國の石工さんが出てきましたね、しかも石工ならぬ「石匠」と彫られています、匠の自信がみなぎっているような狛犬でした。
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by flycoachman | 2016-01-30 22:18 | 狛犬
室蘭市から伊達市へとやって来ました。今日は伊達市の「黄金神社(こがね)」です。黄金の地名から留萌の黄金岬、小樽の銭函同様、豊富な漁獲があった事からと思いましたが、さにあらず「明治十二年、有珠郡下は、黄金蘂(おこんしべ)と稀府二村、紋鼈村、長流(おさる)と有珠二村の三つに戸長役場が置かれた」とあり、また温暖な気候で有ることから「古来より集落があり北黄金貝塚や若生貝塚、有珠モシリ遺跡など、多くの遺跡や貝塚があります」(海を渡った武士団より) 黄金蘂(おこんしべ)とはアイヌ語で昆布が多く採れる所だそうです。狛犬ですが、一対いました、ひどく風化した状態ですが頑張って仕事をしていました。阿吽(あうん)は反対で台座の奉納年をみれば昭和三十二年なんですね~?わずか六十年ほど前にしては、随分年季が入った狛犬ですね、、働き過ぎたのか体躯がボロボロ状態で?どうもコンクリート製かとも、、、?
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by flycoachman | 2016-01-29 23:02 | 狛犬
「崎守神社」です。カーナビに住所をセットするも、なかなかたどり着かない。古く安価なカーナビにはナビと地図帳の二つが必要!(笑)やっとの事で古い鳥居を発見、しかし参道と思われる山道は鬱蒼とした森のようで神社の建物もみえない、やや腰が引けた状態で登りだすと間もなく社が見えてきました「弘化元年 ムロラン会所を為し居りし岡田半兵衛の創立と伝承されているが、創立年月日不詳。明治八年九月郷社と公称。昭和二十一年宗教法人設立」とあることからここも古い歴史を持つ神社ですね~

境内を見渡すと、なにやら看板がありました。「史跡 東蝦夷地南部藩陣屋跡 台場 勤番所跡」です。要約すれば、幕末、度重なる外国船の来訪に手を焼いた江戸幕府は、東北諸藩に命じ蝦夷地各所に陣屋、台場を築き大砲など備え警備にあたったそうで、その陣屋跡でした。神社は小さな社で狛犬、神狐が一対、狛犬は脚が折れ、狐は鼻が折れて鉄筋がむき出し状態で、可愛そうな状態でしたね~狛犬の意匠はかなりの異形で、日が暮れてからの参拝には少しばかり勇気が必要かも知れません、、
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by flycoachman | 2016-01-28 22:17 | 狛犬
由緒からです「明治二年仙台藩角田領主石川邦光が朝廷の命をうけ、家臣の泉忠広・添田龍吉等が渡道、現在の本輪西町を中心に開拓の鍬を入れ町造りを始める、、、以下略」とあることから、当地も仙台藩家臣が武士の魂である刀を開拓の鍬に持ち替えての移住だったようですね~北海道開拓の歴史は仙台藩なくしては語れない!角田領主の石川邦光は室蘭、岩出山伊達家の伊達邦直は厚田郡から当別へ、白石の片倉邦憲らは幌別、有珠郡の伊達邦成は九度にもわたり主従二千六百人を移住させ、現伊達市を作り上げた。しかもこれらの移住は、屯田兵などの官費入植とは違い、すべて自費に依る入植で、先祖伝来の家宝、武具、田地田畑を売り払っての渡道は退路を断った壮絶なまでの決意だったようですね~

徳川三百年の恩顧を逸するのは武士の矜持に悖る。計三十一藩による奥羽越列藩同盟を主導し、薩長率いる官軍に敗れはしたが、殿様、家臣は偉かったですね~また話が逸れました。狛犬の話です。「本輪西八幡神社」には新旧二対の狛犬がいました。新しいものは岡崎現代型ですから何処でも見られますのでさておき、境内末社の「岩木山神社」がいいですね~阿吽(あうん)は定位置で奉納年はありませんが、石工名が入っています「越後 石工 星野鉄蔵」とありました。北海道には越後出身の石工さんが多いですね、特徴的なのが台座で、牡丹と思いましたが、どうも蓮華のようですね~越後の石工「鉄蔵さん」はお地蔵さんや道祖神、石仏なども手掛けていたと思います、仏教系の彫り物の台座には「蓮華」がよく彫られていますので、なんら根拠はありませんが、廃仏毀釈以前は寺院にも多くの狛犬が有ったようです、あるいは、、、
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by flycoachman | 2016-01-27 22:34 | 狛犬
「絵鞆神社」(えとも)と読むそうです、創祀が古いですね「弘化元年」ですから百七十二年も前の事です。当地に和人がアイヌ民族との交易のため住み着いたのは、さらに古く約四百年前のことで絵鞆神社がある絵鞆岬の丘に松前藩が絵鞆場所を開き運上屋を建て交易をしていたそうです。同地の絵鞆遺跡からは縄文初期の土器なども出土するなど、大古から天然の良港であり、豊かな生活が可能であった土地だったのでしょうね~(室蘭市史より抜粋)その豊かな海を見下ろす高台の小さな社に一対の小柄な狛犬が待っていてくれました。素朴で可愛い狛犬です。阿吽(あうん)は反対、奉納が大正十二年です。これまで多くの狛犬及び台座を見てきて、年号の前には「奉納」「奉献」「建立」「建設」などと彫られていましたが(旧字体も含め)「絵鞆神社」の台座には「大正十二年 獻立」と彫られていましね、珍しい、狭い境内ですが、海が見えて、可愛い狛犬がいて、木製の鳥居、素朴な参道、歴史を語る石碑などがあり、周囲に住宅がなければ、創建当時の風景を想像できる社でした。(「絵鞆神社」を(ともえ)と表記してしてしまいました、正しくは「えとも」です、訂正いたします 27日20時30分 追記
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境内には「凱旋記念 昭和十年」「豊漁記念 昭和三十四年」などの碑がありました。絵鞆の歴史そのものですね~
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by flycoachman | 2016-01-26 22:13 | 狛犬
室蘭総鎮守「室蘭八幡宮」の狛犬です。由緒に依れば「明治元年旧暦八月十五日、室蘭郡支配総鎮守神社として函館八幡宮より御分霊を奉斎し、現市内崎守町に御創立。明治八年琴平神・保食神を合祀して現在地に御遷座、郷社八幡神社と称す。此の時噴火湾に寄り鯨漂い、漁民之《これ》を獲えて開拓使に買上を願い、その費用を用いて御造営御遷座執行の故を以て「鯨八幡」と愛称される」 創祀が明治元年ですから古い神社です~由緒が面白い、噴火湾に「鯨」が漂い(数頭でしょうね)これを漁民が獲えて開拓使に買上を願い出る、その費用で御造営御遷座執行を行い、よって同宮は愛称「鯨八幡」と言われる。そして室蘭は今なお「ホエールウォッチング」の盛んな所でもありますね~境内には末社として「室蘭招魂社」「室蘭三吉神社」があり室蘭総鎮守として威厳のある宮ですね、

終戦間際の昭和二十年七月、北海道各地に空襲がありました。中でも室蘭は米海軍による艦砲射撃により甚大な被害があり、被災世帯1,941世帯、被災人員8,227人、死者436人、重軽傷者49人、未曾有の戦災でした(Wikipedia) 重工業都市であることは、あらゆる爆弾の標的でもあると云うことでしょうか、、、さて狛犬です。狛犬は一対、阿吽(あうん)は定位置で奉納年が明治四十四年、よくよく見れば「山崎型」の狛犬でした。資料によれば、初代「山崎栄太郎」の作品なんですね~「北海道神宮(リンク参照)」 北海道神宮も偶然でしようか、同じ明治四十四年の奉納です。道央圏の狛犬の基本形を残した「山崎栄太郎」の作品に室蘭で出会える!感激しました!
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by flycoachman | 2016-01-25 22:13 | 狛犬
室蘭市母恋町(ぼこい)「母恋」との名から懐かしさや郷愁を感じさせる地名ですね~個人的にも少しばかり因縁がありまして、自分でも説明ができないほど遠い親戚が住んでいて、小学低学年の頃かと思いますが、旭川から蒸気機関車で来て数日滞在したのを覚えています。かすかな記憶をたどれば夏の暑い日で急な坂道を登り汗を拭きながら、、、、55年ほど前の記憶です。今日の神社は「母恋神社」です、参道にたどり着けばいきなりの急な階段で、古い記憶の母恋が甦りました。

狛犬は二対で、昭和四十四年奉納の岡崎現代型が一対、私が目的とするもう一対は、社務所側の裏参道と思しき所に居ました。奉納年、石工とも不明の狛犬ですが、意匠がいいですね~ 平均的な狛犬の貌ではなく、誠にもって失礼ながら、狛熊、狛豚などを連想してしまうユニークな狛犬でした。全体を見れば江戸狛犬系の獅子山を意識し模したのかも知れませんね、前脚を乗せている岩?には大きな牡丹も彫られていていました。長い年月を経て所々破損がありモルタルで補修されていますが、それもまた氏子さんの愛情を感じますね、、石工さんの思いが伝わって来そうな狛犬でした。
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by flycoachman | 2016-01-24 22:15 | 狛犬
昨日の続きで「樽前山神社」です。御祭神として「大山津見神(おほやまつみのかみ)」「久久能智神(くくのちのかみ)」「鹿屋野比賣神(かやのひめのかみ)」が祀られいます。ほかに境内末社として「稲荷大明神」「天満宮」があります、今日は「天満宮」拝殿前の大正九年奉納の狛犬です。石工名はありません、はて、この貌はどこかでお会いしている。狛犬らしからぬ威厳の無い貌、阿吽(あうん)とも微笑んでいるような~帰宅後、これまでの更新分を調べるとありました!「長沼神社(リンク参照)」です。長沼神社表参道を入って間もなく左奥の忠魂碑の前にあったのを思い出しました。

長沼神社の狛犬は大正十一年の奉納で、樽前山神社の三年後の奉納ですね~これほど可愛い意匠ですが、石工名が無いのが残念です。両神社とも阿吽(あうん)は反対です、百年近く微動だにせず?仕事をしている割には状態がいいですね、以前に札幌軟石を調べていたおり、登別方面で溶結凝灰岩が採掘されていた、との記載があったのを思い出し、仔細に見れば、札幌軟石(支笏溶結凝灰岩)や美瑛軟石に比べ軽石成分の含有がほとんど見られず、登別中硬石(溶結凝灰岩)かとも想像します~
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by flycoachman | 2016-01-23 23:06 | 狛犬
本日より胆振管内の神社巡りです。最初は「樽前山神社」です。カーナビを頼りに訪れて驚きました!最初に大鳥居の大きさに驚き、境内の広さに驚き、狛犬の大きさ新しさに驚き、社殿の荘厳さ大きさに驚きでした。当初、極彩色の社殿をみてどこかの新興宗教施設に迷い込んだか?と思うほどでした。由緒に依れば 

『樽前の 神の稜威は幸沢に 満ち足るが如く 満ち溢るるが如し』と昔より称えられし霊峰樽前山に対する信仰は古く、山麓に神祠を設け祀ったのが創祀と言われている。明治8年に明治天皇の勅命により祭神「大山津見神」に加え「久々能智神」「鹿屋野比売神」3神が定められ、山麓より町の中心地に御奉遷この地の総鎮守郷社として奉斎される、、以下略

とありますから古いですね~よく読めば、平成四年現在地に御移遷御鎮座とありました。二十年ほど前に新築された神社なんですね、どうりで何から何まで新しい。日々の生活の中に宗教離れが云われて久しいですが、これほど豪奢な社殿を新築するには余程の費用がと、心配しながら、玉垣などを見れば納得しました、当地は苫小牧、国家プロジェクト「苫小牧東部開発計画」で誘致された多数の企業が氏子となり寄付なども行ったのでしょうね~玉垣の奉納企業名は著名な会社名が並んでいました。狛犬は拝殿前に平成九年奉納「護国系」(靖国系、招魂社系とも)が一対、末社の稲荷大明神には平成十七年奉納の神狐が一対 ありました。私の目的はもう一つの末社の狛犬です、明日に続きます。

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by flycoachman | 2016-01-22 21:57 | 狛犬

by coachman