銀の滴しずく降る降るまわりに、、
「銀の滴降る降るまわりに,金の滴降る降るまわりに、、、」 北海道に長く暮らしている人は「知里 幸恵」「知里真志保」姉弟の名前は聞いたことがあると思います。姉「知里 幸恵」は明治36年、登別に生まれ、7歳から旭川で暮らしていました。幼い時より祖母モナシノウク、叔母金成マツが語るアイヌ民族の叙事詩「カムイユーカラ」を習い覚えていました。言語学者「金田一京助」が大正の初め、絶滅の危機に瀕しているアイヌ伝統文化、アイヌ言語を記録に留めようと幸恵の家を訪れ、祖母たちからアイヌ伝統のカムイユーラを熱心に聞き記録に取る姿を見て「金田一京助」がアイヌ伝統文化を後世に残さんとする姿勢に信頼をよせます。このとき幸恵は15歳で当時のアイヌには珍しく旭川で女学校にまで進学しています。アイヌ研究者金田一京助はこの時代、アイヌの老人だけしか話せなくなっていた「アイヌ語」を十代の少女がよどみなく話すのを聞き、願ってもない研究存在であったと思ったことでしょう、文字を持たないアイヌ民族は民族の歴史を残すために、口承叙事詩ユーカラを語ります、ユーカラの伝承者であった伯母の金成マツの養女となった幸恵は、自身の出自を自覚しユーカラを文字として後世に伝えるのが使命だと思ったのではないでしょうか、、心臓病を患って病弱な幸恵でしたが、こうして13篇からなる「アイヌ神謡集」を金田一京助の指導のもと完成させたのが19歳の時でした、しかし運命はかくも悲しいものでしょうか、、完成したその日、亡くなってしまいます。今日の更新は幸恵が13年間旭川で過ごした住居が現在の 旭川市立北門中学校敷地にあり、その縁から同校校庭に文学碑が建てられています、校内には「知里幸恵資料室」もあります。弟のアイヌ言語学者「知里真志保」は北海道大学の教授でもあり、知里姉弟は、アイヌ民族の誇りでもありました。「銀の滴降る降るまわりに,金の滴降る降るまわりに、、、」アイヌ神謡集は青空文庫で読むことができますよ~
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by flycoachman
| 2014-04-26 00:54