「出雲大社新十津川分院」狛犬(新十津川)

縁結びで有名な「出雲大社」の分院が新十津川に在ったとは迂闊にも最近まで知りませんでした。以下、同社HPより転記します。

「本町開村の移住者である十津川衆(十津川村の士族)は、移住前の明治4年、奈良県十津川村において祖霊祭祀(それいさいし)(先祖祀り)を、仏教から我国古来の信仰である神道に改めました。この事によりそれまでの仏教の宗派に変わる神道の教派を定める必要性が生じました。一村の協議の結果、福徳の神として知られ、魂の安寧をこの世・あの世の隔てなく守護される大国主大神をお慕い申し上げる出雲大社教に定め、一村を挙げて出雲大社教の教徒になりました。明治18年の事で御座います。ゆえに明治23年、開拓の為に入植をした十津川衆はすべて出雲大社教の教徒でした。以来、開拓の辛苦にも「出雲の祈り・祖霊冥福の祈り」を心の柱として開拓の難儀を乗り越えて、労苦二十年の成果を御造営に捧げ当分院社殿を建立致しました。明治43年の事で御座います。」

以前、話題になった「新十津川物語」(川村たかし著)を読まれた方も多いと思いますので詳細は省きます。概略のみ記しますと、奈良県吉野郡「十津川」を明治二十二年、集中豪雨が襲い、百六十八人もの犠牲者をだし、住居や農耕地は壊滅的な被害を受けました。同地での復興は無理であろうとの判断で、北海道長官「永山武四郎」の助力もあり翌、明治二十三年、約六百戸、二千四百八十九人もの大所帯が、現在のトック原野、徳富川流域に集団入植。その後の大変なご苦労は小説

「新十津川物語」に詳しいですね~奈良県からの集団移住とはいえ、気候風土のまったく違う未開、未知の地で精神的な支柱は郷土の守神 出雲大社教だったのでしょうね~その出雲大社新十津川分院に狛犬は二対いました。昭和六年生まれの軟石狛犬、意匠は北海道狛犬の基本形山崎型を模した素晴らしい狛犬ですね、特に尾の意匠がいいです。阿吽(あうん)は反対でした。もう一対はなんと

ブロンズ製の狛犬で、珍しい事に阿吽(あうん)の区別はなく、左右とも阿形(あぎょう)でした。奉献年は平成十二年の最近のもので、推測ですが、中国方面から来たものと思われます。狛犬は飛鳥時代に中国、朝鮮を経て伝わったとされ、当時は阿吽(あうん)の区別はなく、双方とも阿形(あぎょう)で獅子で有ったとされていますので、今回のブロンズ狛犬が中国産ではなかろうかとの推論です。(札幌市内に多くのオフイスビル、飲食ビルを持つ中華系の桂○ビルの玄関前には双方阿形(あぎょう)の獅子がいることも論拠の一つです)
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by flycoachman | 2015-11-02 22:23 | 狛犬