義経神社 狛犬(平取町)

鎌倉時代のヒーロー「源義経」を祭神とする「義経神社」がアイヌ民族の聖地、平取町にあります。文治五年(1189年)奥州平泉の「衣川の戦い」で自刃したはずの「義経」一行が蝦夷地へ渡りアイヌ民族に農耕や操船などを伝えアイヌ民族から「ハンガンカムイ」と慕われていたそうです、約六百年後の寛政十年(1798年)蝦夷地調査に赴いた「近藤重蔵」は「新井白石(1657~1725年)」の説からアイヌ民族の神「オキクルミ」が「ハンガンカムイ」と同一人物として平取の地に「義経」の神像を

アイヌ民族に祀らせたのが神社の縁起とされています。私の年代で思う浮かぶ「源義経」像は、幼名牛若丸の時代から鞍馬山での修行を経て京の五条大橋で武蔵坊弁慶との出会い、源平合戦での戦いでは連戦連勝で民衆の英雄となり兄、頼朝の許しを得ず朝廷から冠位を授かった事から、頼朝の逆鱗にふれ衣川にて討たれた。と云うのが通常の説ですが、しかしヒーローは死なずして、津軽海峡を渡り蝦夷各地「義経伝説」を残し、さらにモンゴルに渡り「チンギスカン」となつたとの説まであります

「判官びいき」の言葉の由来ともなった義経、古書にも多く記録が残され、歌舞伎や映画や娯楽小説などの大ヒーローでありました。狛犬の話でした、拝殿近くに一対居ました。阿吽(あうん)は定位置、材は溶結凝灰岩で奉納は個人名で大正十五年十月十五日でした。大きめの怖い貌を装っているが、根が優しい性なのかあまり怖くない。ローカルな狛犬好きです。

追記 源義経と云えばその愛妾「静御前」は義経と過ごした吉野の山を懐かしみ、頼朝の勢に捕らえられて後、頼朝に鶴岡八幡宮社前で白拍子の舞を命じられ
「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」と詠み舞ったと伝えられていますね~私の中の「義経記」ではこのくだりがとっても沁みています、、
a0315942_22234368.jpg
a0315942_22234894.jpg
a0315942_22235356.jpg
a0315942_22235623.jpg
a0315942_22240311.jpg
a0315942_22235944.jpg
参考資料)
「狛犬辞典」上杉千郷/著 「狛犬コレクション」三遊亭円丈/著
「狛犬かがみ」たくき よしみつ/著 「札幌の寺社」札幌市教育委員会
「獅子狛犬と龍」獅子狛犬研究会「神社と神道のQ&A」三橋健/著
「神社辞典」白井永二 土岐昌訓/著「神社と神様がよく解る本」島崎晋/著
「北海道の狛犬」丸浦 正弘/著「北前船寄港地と交易の物語」加藤貞仁著
「狛犬遍路みち」宇野 弘介/著 「獅子と狛犬」MIHO MUSEUM/編
「狛犬見聞録」廣江正幸・永井泰/著  「石匠山崎鶴吉と系譜」岩城之正/著 
(出版社名略)
にほんブログ村 写真ブログ 北海道風景写真へ          にほんブログ村 写真ブログ デジタル一眼(Nikon)へ
にほんブログ村           にほんブログ村

ブログ作成の励みになります 気に入って頂けた写真 文章などがお目に留まりましたら 
お好きなバナーのクリックをお願いいたします
PVアクセスランキング にほんブログ村

[PR]
by flycoachman | 2018-01-08 22:25 | 狛犬

札幌市をメインに北海道の四季の写真を届けます。当サイトの画像、文章などの引用はどなた様も御自由にお使いください。リンクも御自由にどうぞ (当サイトからの画像、文章などの引用に際しての責は引用者の自己責任でお願いします)


by coachman