世界遺産知床半島 5

宇登呂から観光船で岬の先端まで行く予定をしていましたが、曇り空で断念し「硫黄山航路」で半島中ほどの硫黄山を観て折り返すコースとなりました。「硫黄山」の名称は全国各地にあり北海道から九州まで十座ほどあるようです。知床硫黄山は江戸時代(安政六年~慶応三年)会津藩によって硫黄の採掘が行われ、明治六年開拓使の雇米人地質学者ライマンが知床硫黄山を調査、高純度の硫黄であることが確かめられ明治三十六年まで採掘、

さらに昭和十一年の噴火でも硫黄が噴出し昭和十五年まで採掘されたそうです。江戸の昔から会津藩が硫黄の採掘?理由は火薬の原料だからですね、硝石、木炭粉、硫黄、それらを主原料として黒色火薬が完成する訳で鉄砲や大砲には欠かせません~さらに「安政六年~慶応三年」の会津藩を見れば、殿様は京都守護職「松平容保」です。

今まさに戊辰の戦争が始まらとする時代であるとすれば、黒色火薬の必要性は云うを待たずで、京都守護職配下の「見廻り組」や「新選組」などは、白兵戦が得意な時代錯誤の集団ですから、早急に鉄砲や大砲を持たせなければ、薩長の軍備に勝てない!そんな「松平容保」の思いが知床の硫黄山へと藩士を送ったのでしょうか、、、観光船に揺られながらまたも時空軸に絡まって抜け出せない爺の空想でした。 (参考 斜里町役場編纂「知床のあゆみ」・知床国立公園地域の歴史)
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by flycoachman | 2018-07-03 22:08 | 風景写真