松浦武四郎 展

北海道博物館で開催されている「松浦武四郎」展(6月30日~8月26日)を観てきました。開催終了日が迫っているせいもあってか、平日にも関わらず大勢の人で賑わっていました。展示内容をみて最初に驚かされたのは交友関係の広さでした。勝海舟、頼三樹三郎、西郷隆盛、大久保利通、坂本竜馬、富岡鉄斎、河鍋暁斎などです。

六度にも及ぶ蝦夷地踏査では膨大な量の細密な絵図と実直な紀行文を書き、アイヌ先住民族の生活、文化、さらに窮状を訴え出版し「多気志楼」物と呼ばれた出版物を幕臣や明治政府の重臣もこぞって読んだそうです。その縁から蝦夷地に精通する第一人者として、安政二年には幕府から蝦夷御用御雇を命じられ、明治二年には開拓判官(後にアイヌ民族の処遇をめぐり辞職) 

江戸末期から明治初期にかけ、蝦夷地とアイヌ先住民族を理解していた和人は武四郎だけだったのではないでしょうか、アイヌ先住民族からは「シサム」と尊称で呼ばれた武四郎、アイヌ先住民族を「皇国太古の民」と書いています。松前藩や御用商人の非道な扱いを幕府や明治政府に訴えるも、武四郎の願いは叶わず、アイヌ先住民族から「シャモ」と蔑称で呼ばれた和人から命を狙われたこともあるそうです。

武四郎は自ら描いた蝦夷地図を「買う者には与えず、同好の士に贈る」とも書いています。探検家で絵師、著述家で歌人、江戸末期の蝦夷地でこれほど人類愛に満ちた人がいたでしょうか、晩年は自宅に「一畳敷書斎」を全国の社寺や知己から古材を譲り受け造り、全国を歩き収集した古物を愛でていたそうです。北海道の名付け親「松浦武四郎」展は26日までです。

(参考 松浦武四郎・蝦夷への照射/更科源蔵著 静かな大地・松浦武四郎とアイヌ民族 /花崎皋平著  白い台地・北海道の名ずけ親・松浦武四郎/吉田武三著)
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by flycoachman | 2018-08-23 21:18 | アイヌ民族

本日の狛犬はお休みです。先日「木彫家「藤戸竹喜」の世界」が札幌芸術の森美術館で開催されていましたので行ってきました。17日(日)まで開催されています。以前に札幌駅西コンコースに設置されている「藤戸竹喜」作 エカシ彫像(リンク参照)を紹介した事がありました。以来、同じ旭川で育った縁を感じたり、友人にも木彫をしている人もいたりで、木彫には興味を持っていましたが、今回の 木彫家「藤戸竹喜」の世界 を見て改めて感動し民族の琴線に触れる思いがしました。今日の画像は作品展のほんの一部です、すべて等身大で藤戸氏の縁者をモデルにしているそうです。17日(日)までですお早めに、、今回の会場は撮影可能との事でしたので、他の鑑賞者の迷惑にならないように配慮しながら撮ってきました。すべて手持ちですから(三脚。発光は禁止)ブレはご容赦ください。
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by flycoachman | 2017-12-15 22:24 | アイヌ民族

「渡辺 カネ」と晩成社

九月末に帯広を訪れ「依田勉三翁」のブロンズ像を写真に撮り、ブログにUPしたいと思い、人となりを調べだすとこれが又随分と面白い。十勝では「開拓の父」「拓聖」と崇められる一方で、故郷伊豆では評価が低いどころか悪くも言われる。これはもっと調べなければと図書館通いが続いたなかで、最後にもう一人紹介したい女性がいます。

晩成社の幹部として勉三を支えた「鈴木 銃太郎」「渡辺 勝」いずれも旧士族で勉三とは「ワッデル塾」で親交を深め帯広開拓の同志となるわけですが、伊豆にて晩成社設立時に 鈴木 銃太郎の妹「カネ」は 渡辺 勝に嫁ぎます。その「カネ」の経歴が凄い、信濃国上田藩の重臣である「鈴木親長」の長女として生まれ、維新後、父や兄と共に受洗し、

明治八年(十六歳)横浜共立女学校入学、同十五年、英文全科を卒業した三人の女性の一人です。当時の日本で最も優れた学歴、見識を持った女性が二十三歳で「渡辺 勝」に嫁ぎ、翌年、未開のオベリベリ(帯広)の夫のもとに行きます。カネは開墾の傍ら、入植者の子供たちやアイヌの子供たちにも分け隔てなく教育に力を注ぎます。兄、銃太郎も入植以前よりオベリベリに住んでいたアイヌの人たちとも

親交を深め、族長の娘「コカトアン」と結婚します。夫「渡辺 勝」はアイヌ民族の農業世話係を任命されたり、先住民族と共存し生活の向上を共に目指したことは他の入植団とは明らかに違いますね~後に「カネ」が語っています、開拓を成し遂げられたのは八割は信仰の力だと、、明治二十三年、渡辺勝・カネの粗末な開拓小屋にアイヌ民族調査のためイギリス人のサベージ・ランダーが訪れます。

蝦夷の奥地、未開の地に英語の話せる夫婦がいて、ともにキリスト教信者、ランダーさんは驚いたでしょうね~そのランダーさんが描いた夫婦の開拓小屋の絵が「帯広百年記念館」に収蔵されています。開拓小屋で「カネ」が始めた私塾は現在の帯広小学校の土台となったそうです。

追記 
帯広神社の向かいに中島公園があります「中島武市」氏が土地を寄贈したそうで、実業家で後に帯広市議を歴任した人物です。同公園にある「依田勉三翁」のブロンズ像を建立した人物でもあります。この人のお孫さんがシンガーソングライターの「中島みゆき」だそうです。そう思って「時代」などを聞けば「勉三」や「カネ」が生きた時代の片りんをを逍遥できそうな、、

「依田勉三と晩成社」 井上壽・加藤公夫 
「依田勉三の生涯」松山 善三
「十勝人」道新帯広報道部編 
「北の大地に生きる」小暮正夫
「十勝平野」上西春治
「凛として生きる」加藤 重  
 他
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by flycoachman | 2017-11-27 22:49 | アイヌ民族

昨日に続き「明治に消滅 アイヌ民族の集落」北海道新聞の記事からです。以前からこの秋に日高や十勝、釧路、根室地方の神社巡りをして「参道狛犬」を撮ろうと計画していました。その資料などを熟読すれば、北海道における神社の歴史はアイヌ民族の迫害の歴史と重なってくるのですね~

明治三十二年に制定された「北海道旧土人保護法」はアイヌ民族の保護を目的として施行された法律ですが、実態は、アイヌ語の禁止、名前を日本人風に改名、土地の没収、それまでの収入源であった漁業、狩猟の禁止、民族のアイデンティティを全く否定した法律でした。取り上げた土地の代替え地として与えられた

「給与地」は和人が開墾をためらうほど農業に不向きな土地ばかりで、その土地も純朴な民族を奸計をもって僅かな穀物や酒などと交換させらりたり、子どもたちが学校へ行けば差別やいじめが日常的にありました、中でも最大の屈辱は先祖や父母の墓を暴き遺骨を研究のため盗掘した事です。

これら筆舌に尽くがたい辛酸の歴史が事実としてあります。1980年代のドイツ連邦の大統領 ヴァイツゼッカー の有名な演説に「過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる」道民として忘れてはいけない事実がここにもありますね、、

(参考 アイヌ民族の歴史/山川出版 北海道人・松浦武四郎 佐江衆一/著 
知里真志保「アイヌ文学」知里真志保/著 蝦夷地別件 船戸与一/著
ウレシパ物語 富樫利一/著 十勝平野 上西春治/著 他)

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by flycoachman | 2017-09-15 22:49 | アイヌ民族

今朝の北海道新聞(地域の話題面)に「明治に消滅 アイヌ民族の集落」との記事がありました。明治二年、開拓使が設置される以前の札幌「サッポロペッ(乾いた大きい川)」には四か所のアイヌコタンがあったそうです「コトニコタン(現・北大周辺)」「フシココタン(北9東9付近)」「上サッポロコタン(北2東1付近)」「ハッサムコタン(琴似4の1付近)」

いずれの地も川やメム(湧水池)の傍で、飲用水や遡上してくる魚を捕ったり、丸木舟の水路として、生活の場に最も適していたのは想像に難くないですね~明治四年には開拓使により札幌の区割りが本格化し、官庁街、商業地区、住宅街などが決められ現在の市内の原型となりましたが、生活環境に恵まれた場所に住んでいたアイヌ民族は離散を余儀なくされました。古くからアイヌ民族の苦難と戦いの歴史「シャクシャインの戦い」「コシャマインの戦い」「クナシリ・メナシの戦い」などがありましたが、

和人の横暴がまたも繰り返されることになり、以後、開拓使の意向を笠に北海道各地で同様な横暴や搾取が多数行われたことは、北海道民として忘れてはいけない事ですね~北海道のホームページのトップページには高橋知事の笑顔と「イランカラプテ(こんにちは)」からはじめよう。と大きなロゴが入っています。アイヌモシリを蹂躙した和人は「こんにちは!」から始めたのでしょうか、、、今日の画像は先日訪れた「平取町立二風谷アイヌ文化博物館」のパンフレットからです (参考 北海道新聞 H29/9/14)
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by flycoachman | 2017-09-14 22:21 | アイヌ民族

平成27年度の「アイヌ文化賞」「アイヌ文化奨励賞」の贈呈式と「アイヌ文化フェスティバル」の催しが「かるで2・7ホール」でありましたので行ってきました。アイヌ文化賞受賞の「林 イッコ」さん(81歳)をはじめとして、アイヌ文化奨励賞を受賞した8名の皆さんの民族の文化を伝え残すご苦労と功績を聞き、祝辞を述べた方の詰まらせた声に誘われ、私も含め満員のホールに受賞を祝う涙が広がっていました。平成6年にアイヌ民族初の参議院議員 故「萱野 茂」氏が国会にアイヌ語を響かせて以来、平成20年に「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」が全会一致で採択され、やっと民族のアイデンティティが回復されようとしています。受賞式後「アイヌ文化フェスティバル」となり「口承文芸」「古式舞踊」「ムックリ演奏&体験」などもあり有意義な体験でした。
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by flycoachman | 2016-01-16 23:15 | アイヌ民族

狛犬を訪ねて古平町の「厳島神社」に来てみましたが、残念ながら不在でした。社殿は新しく、近年改築されたものと思われます。鳥居が二基あり、一基めは上部(笠木、島木、貫)が、珍しい木製で柱が鉄製でした。参道の石段前の二基目の鳥居は御影石の古いもので「弘化」の年号なんですね~しかも奉納者が「運上家」と刻されていました。正確には「下ヨイチ運上家」です。その昔、知行主である松前藩が商人(場所請負人)に運上金を支払う事を条件に、土地や漁業権を貸し与え、商人は→支配人(責任者)を駐在させ、→通辞(アイヌ民族の通訳)→帳役→惣乙名(以下アイヌ民族)→脇乙名→小使→平土人などの職制を押し付け、搾取を続けて民族の尊厳を踏みにじって来た歴史があります。

1456年から数度起こった「コシャマインの乱」さらに212年後には「シャクシャインの乱」その後121年後に起こった「クナシリ・メナシの乱」そのほかにも小さな反乱は至る所で起こっていました。和人との交易の祭「メノコ勘定」に代表される搾取は、商人が人権や尊厳を無視した利益至上、現代において民法を蔑ろにするブラック企業と同一のものでしょう、、、話は逸れました、、狭い境内ですが、心の広い人々が建立した「シコロの碑」があります。シコロとはアイヌ語の転訛でキハダの木の事だそうです。

明治四十五年三月十九日、古平の港は大シケで前日から停泊していた「第二出羽丸」(百八十人乗船)は風に煽られ厳島神社前の岩礁に座礁したそうです~救助のため綱(つな)を船まで渡そうとするも、大シケの海では中々届きません、見かねた若者が必死の覚悟で海に飛び込み綱を船へと届けた後、太い綱を手繰り寄せ、吊り下げた竹籠で全員救助したそうです。この時、岸側に綱を繋いだのが「シコロの木」だったそうです。村民全員での救助は美談として後世に伝わっています。この話には、さらに後日談がありまして、救助された当時二十歳の女性の御子息が、古平の皆さんの美談を後世に伝えたいとの思いから寄付を申し出、厳島神社境内に「シコロの碑」を建立したのが昭和六十年だそうです。(参考 伝えたいふるさとの100話)
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by flycoachman | 2015-12-23 22:37 | アイヌ民族

「夷酋列像」

先日、北海道博物館で展示されている「夷酋列像」展を見てきました。サブタイトルに「蝦夷地イメージをめぐる人・物・世界」とある。主な展示は松前藩の家老で日本画家の「蠣崎 波響(かきざき はきょう」が描いた「夷酋列像」で江戸末期、12人のアイヌ民族の酋長を描いた原画や模写、粉本などである。フランスのブザンソン美術考古博物館から1980年代に原画11枚が発見され、話題になった事を覚えています。

北海道博物館で、9月5日から展示されていましたが、20年ほど前に読んだ「蝦夷地別件」(船戸与一 著) を再読し先日読了!原稿用紙2800枚、上、中、下巻の大作ですので半月ほどかかってしまいました。蝦夷地別件はアイヌ民族が圧政や差別、過酷な労働に耐え クナシリ・メナシの戦いに至るまでの物語で江戸幕府、ロシアやポーランド、松前藩などが絡むスケールの大きな作品です。今回の「夷酋列像」に描かれている族長の 

ツキノエ、イコリカヤニ、イコトイ、ションコなども実名で書かれ、松前藩からこの地域の場所を請負った商人「飛騨屋」の非人道的な使役も克明に描かれています。古くは蝦夷地と呼ばれた北海道は和人と先住民との戦いの歴史でもありました、1457年、渡島地方で起こった「コシャマインの乱」1669年、日高地方で「シャクシャインの乱」道東で起こった最後の戦い「クナシリ・メナシの戦い」今回の「夷酋列像」展は「クナシリ・メナシの戦い」の戦い後、

松前藩に反意を持たなかった族長12人の肖像画と言われています。幕末の探検家「松浦武四郎」が書き残した「知床日記」によれば「アイヌ女性が年頃になるとクナシリに遣られ、そこで漁師達の慰み物になったという。また、人妻は会所で番人達の妾にされたともいわれている。男は離島で5年も10年も酷使され、独身者は妻帯も難しかったとされる。さらに和人がもたらした天然痘などの感染症が、本格的にアイヌ人の人口を減少させた。」アイヌ民族から「シサム」と尊称でよばれた松浦武四郎の「知床日記」から読み取れば「クナシリ・メナシの戦い」は民族の尊厳と誇りを賭けての戦いだったのでしよう、、、「夷酋列像」に描かれなかった族長こそ、最も大きく描かなければならない「英雄」ではないでしょうか、、

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by flycoachman | 2015-10-22 23:00 | アイヌ民族

北海道新聞夕刊に連載されていた「私の中の歴史」今回はアイヌ民族の彫刻家「藤戸竹喜」さんでした。この長く続く連載記事のおかげでしょうか夕刊が止められません~「私の中の歴史」は毎回、北海道ゆかりの著名人の話を十数回にわたって聞き書き連載したもので、今回の「藤戸竹喜」氏のお話も、私も同じ旭川市出身とあって興味深く読みました。今年2月、JR札幌駅の西コンコースに「藤戸竹喜」氏 制作の「エカシ(長老)像」が設置されましたね~弓を両手に抱き矢を咥えた誇らしい表情のエカシ像、その周りに置かれた6本の「イクパスイ(捧酒箸)」この祭具は人の祈りをカムイに伝えてくれるもので、祈りの時にに欠かせない道具です。「藤戸竹喜」さんは、彫刻家 故「砂沢ビッキ」とも盟友であり作風は違っても共に世界に認められた彫刻家ですね~今回、「藤戸竹喜」氏 制作のエカシ像を撮っていて感じたことがあります、このエカシ像を設置したのは、社団法人札幌大学ウレシパクラブ主導のもと、多くの民間企業の賛同や寄付があったと銘板から読み取れましたが、北海道の玄関とも言われるJR札幌駅に設置するなら、自治体が資金を出し、西コンコースではなく、駅正面にもっと大きなスペースで数体の像を作るべきでしょう~なぜなら今、私たちが住んでいるのはアイヌ民族から横奪した土地「アイヌモシリ」(人間の静かなる大地)だからです、、、
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by flycoachman | 2014-10-16 00:16 | アイヌ民族

カムイノミ (神への祈り)

道庁前の北3条広場が歩行者空間として、オープンしました。北3条西4丁目は道庁正門から続くイチョウ並木で市民にはお馴染みの道路でしたね~この通りは札幌で初めての舗装道路でもありました。大正13年、ブナの木を加工して敷き詰めたようです。当時道庁前ですからメインストリートで馬車などが通っていたのではと想像します。今回、歩行者専用空間として道路整備の際アスファルトの下にあった木の舗装を剥がし、道庁赤レンガにあわせ江別産の赤レンガを敷き詰めました、愛称が「アカプラ」赤レンガプラザを短縮した?なんともイージーな、、、オープニングイベントの一つとして札幌国際芸術祭の成功と広場の安全と繁栄を関係者によって祈願されました。これらの企画は「坂本龍一」氏です。タイトルにある「カムイノミ」とはアイヌ民族に伝わる神に感謝する儀式です~北海道開発の原点となった開拓使の前で、祈り、歌い、舞う、アイヌ民族の精神の寛大さ偉大さに、ただ、ただ頭が下がる思いでした。
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by flycoachman | 2014-07-22 23:13 | アイヌ民族