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令和の桜

令和と改元になり最初の更新は厚別神社の桜です。散り際の潔さから
しき島の やまとごころを 人とはば 朝日ににほふ 山ざくら花 (本居宣長 )」
などと勇ましい詠み人もいれば
久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ (紀友則)」
と散らねばならぬ無常を詠む人があり、令和の世に咲く桜は安寧で美しく
願はくは 花の下にて 春死なむ そのきさらぎの 望月のころ(西行法師) 」
そんな安らかな時代の桜でありたいものだ

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by flycoachman | 2019-05-01 21:57 | ことば

仏壇を整え、神棚も浄め飾り付けを済ませば、改めて無事に一年を過ごせたことに感謝のかしわ手を打つたりもする。父母が健在であった頃と云えば神仏に加護や安寧を求めることも、願うこともなかった。振り返る歳月は光陰矢のごとしで、時の移ろいの速さは息災に過ごせた事への感謝の思いさえ忘れてしまう、、百八では足りない煩悩にまみれた爺だから仕方ないか~今年も当ブログを訪れていただいた全ての人に感謝申し上げます。浅学、軽薄なブログでありますが、改めてお礼申しあげます~良い年をお迎えください。


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by flycoachman | 2018-12-31 22:01 | ことば

依田勉三翁 3

明治期、蝦夷地開拓には帯広の「晩成社」豊頃の二宮尊親が率いる「興復社」浦河の鈴木清が率いる「赤心社」ような民間の開拓団。開拓と北辺の守りを兼ねた屯田兵、新政府に領地を取り上げられ禄を無くした東北諸藩の家臣団、華族に割り当てられた広大な農場(薩長閥系が多かった)さらに皇室の御料地、御料林なども各地にありました。

開拓使はまともな道路もない道東の内陸部までは管理できず「晩成社」が出した土地払い下げ願が幾度も不認可されるなど、事業を軌道に乗せることは困難を極めたようです。そんな厳しい生活を支えたのは、信仰の力ではなかろうかと思います。依田勉三、鈴木銃太郎、渡辺 勝はいずれもキリスト教信者でした。「赤心社」もキリスト教 豊頃の「興復社」は二宮尊徳の孫の二宮尊親が興復社を率い「報徳思想」が過酷な開墾の支柱だったのでしょうね~今日の画像もWEBから「晩成社」の商標と豊頃町の「二宮尊親」像です。

「依田勉三と晩成社」 井上壽・加藤公夫 
「依田勉三の生涯」松山 善三 
「十勝人」道新帯広報道部編 
「北の大地に生きる」小暮正夫
「十勝平野」上西春治
「凛として生きる」加藤 重 
  他

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by flycoachman | 2017-11-26 22:33 | ことば

依田勉三翁 2

明治16年春、依田勉三率いる晩成社二十七人の開拓者は温暖な南伊豆からオベリベリ(帯広)に入植します。しかし開拓は困難を極め、バッタや野鼠の食害、和人による鹿角拾いのための放火や水害、冷害など何年にもわたって続きます。屯田兵などの官費入植者とは違い、晩成社は伊豆の豪農依田家が資金を募り出資した営利団体であり、幾年過ぎても当初の計画とはかけ離れた状況が続き利益どころか、

やむなく伊豆に帰える者や逃げ出す者まででる状況でした。しかし勉三は十勝の風土に合う作物(根菜や豆類)や酪農、養豚など今の十勝の根幹となるべく産業を生み出し、後に続く入植者への標となったのです。明治の末、晩成社の事業は農場、木工場、練乳工場や缶詰工場、バター工場までありましたが、出資者への利益還元は遂に行われず大正五年、晩成社としての事業は休止し、大正十四年帯広の自宅にて七十三歳で亡くなります、、いまわの言葉は「晩成社には何も残らん。しかし、十勝野には…」 

画像はアイヌ衣装を着た若き勉三と銅像のモデル当時と思われる勉三です
(画像はWEBより)   明日も依田勉三です。

「依田勉三と晩成社」 井上壽・加藤公夫 
「依田勉三の生涯」松山 善三 
「十勝人」道新帯広報道部編 
「北の大地に生きる」小暮正夫
「十勝平野」上西春治
「凛として生きる」加藤 重 
  他
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by flycoachman | 2017-11-25 23:10 | ことば

依田勉三翁の話

九月の末に道東方面を旅行した際に撮った帯広神社前にある「依田勉三翁」のブロンズ像です。帯広の開基は依田勉三の晩成社から始まったと云われています「帯広開拓の父」「拓聖」とも言われ、札幌の北海道神宮末社である開拓神社にも合祀されています。「依田勉三」の祖は南伊豆で五百年もの歴史を持つ豪農です。伊豆と云う場所柄、明治維新後の急激な文明開化に勉学の必要性を感じたのでしょうね、

若くして三余塾に学び慶應義塾に学び明治六年には英語塾(ワッデル塾)に学び、ここで後に同志となり「晩成社」で辛酸を共にする「渡辺勝」「鈴木銃太郎」と出会うことになります。晩年、勉三と渡辺勝が酒を酌み交わしながら詠みました。勝が「おちぶれた 極度か 豚と一つ鍋」と一句ひねれば、即座に勉三が「開墾の はじめは 豚と一つ鍋」と詠み返したとの逸話が残っています。

開拓の始め豚の餌と同じ鍋で食いつないだと思い返したのでしょうか、、帯広六花亭のお菓子に「一つ鍋」「マルセイバターサンド」があります。いずれも「晩成社」にまつわる菓子で渋茶などと共に食せば百三十年も前の帯広を逍遥できるかもしれない、、明日も「依田勉三翁」です

(参考 「依田勉三と晩成社」 井上壽・加藤公夫 「依田勉三の生涯」松山 善三 「十勝人」道新帯広報道部編 「北の大地に生きる」小暮正夫「十勝平野」上西春治 他)
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by flycoachman | 2017-11-24 22:20 | ことば

「生き馬の目を抜く」

ことわざで「生き馬の目を抜く」と言う言葉があります。あまり良い意味では使われませんね~語源由来辞典には、他人を出し抜いて利益を得るさま。油断も隙もないこと。素早く事をするさま。などと書かれてありますが、馬の目を見つめればこれほど優しい瞳があるものか、と思うほど愛しげな瞳ですね~馬の左右の視野は350度もあるそうです、人間は180~200度ですからとても馬には敵わない「生き馬の目を抜く」政治の世界、詭弁や忖度も馬にはすべて見通される!
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by flycoachman | 2017-10-12 22:25 | ことば

獺祭忌(だっさいき)

九月十九日は俳人「正岡子規」の命日で「獺祭忌」と言う。日本の近代文学に多くの功績と作品を残し、明治三十五年秋、三十四歳の若さで惜しくも病没しました。獺祭とは本来中国の古典から来ているそうです「獺(かわうそ)」は川で撮った魚を巣に持ち帰り並べて保管する習性があることから、その様を「供え物をしているようだ」そこから「獺祭」という言葉が生まれたとされています。子規は自宅の書斎を様子を「獺祭」に見立て「獺祭書屋」と号した事から命日を「獺祭忌」と呼ばれようになりました。子規の故郷、伊予松山の秋を病床でいかに想ったのか、、、今日の画像はストックから私の故郷に近い美瑛で見つけた野焼きの様子を撮りました。

         「故郷の淋しき秋を忘るゝな」正岡子規
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by flycoachman | 2017-09-21 22:10 | ことば

明日へ続く道

上り下りはあるけれど 一歩、また一歩踏み出さなければゴールにはたどり着けない!私と云えば、遠回りや後戻り紆余曲折ばかりを歩んできた気がする。だからこそ真っ直ぐな道に憧れる。古い忘備録のノートを手繰れば、平成二十年八月二十二日道新夕刊に載っていた言葉が記さていた「悲劇はゴールにたどり着けない事ではない!たどり着こうとするゴールを持たないことだ」道の果てのゴールにたどり着くためにまた一歩、一歩ずつ歩かなければ~
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by flycoachman | 2017-08-19 22:42 | ことば

九州は大変な事になっているようで、心より見舞い申し上げます。今夜の「北海道 photo一撮り旅」は休みます。


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by flycoachman | 2016-04-16 22:19 | ことば

丁度よい

正月も三日となれば、飲み食いにも寝るもにも飽きる、窓際に本と椅子を置きひねもす外を見やればヒヨドリがナナカマドを啄ばむ姿に安堵もし、平安なる歳の初めに感謝する。菩提寺から送られてくる法話集を読んでいると、昨日更新の「おかげさま」に出会い眠気が覚めた! 次いでもう一つ紹介したい話があったので今日更新する。WEBで探すと多くのブロガーが掲載していた、いい話は共有したいとの思いだろう! 江戸時代の僧「良寛」作とも伝わっているようだが、真宗大谷派常讃寺 坊守 「藤場美津路」さんの作だそうです。

    「丁度よい」

お前はお前で丁度よい 顔も体も名前も姓も お前にそれは丁度よい
貧も富も親も子も 息子の嫁もその孫も それはお前に丁度よい
幸も不幸もよろこびも 悲しみさえも丁度よい
歩いたお前の人生は 悪くもなければ良くもない お前にとって丁度よい
地獄へ行こうと極楽へ行こうと 行ったところが丁度よい
うぬぼれる要もなく卑下する要もない 上もなければ下もない
死ぬ月日さえも丁度よい 仏様と二人連の人生 丁度よくないはずがない
丁度よいのだと聞こえた時 憶念の信が生まれます  南無阿弥陀仏
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by flycoachman | 2016-01-03 23:01 | ことば