<   2014年 03月 ( 30 )   > この月の画像一覧

煉瓦の街、江別市の歴史をたどり、昨日紹介の「江別市立第三小学校」の向い側に有る「江別郷土資料館」に行って来ました。どこの町にも郷土資料館はありますが、そのほとんどが名前の通り郷土資料の展示が主で、古い農機具や民具、馬具の展示、さらに開拓に貢献した人物や一族の顕彰的な意味合いを持ったものが多く展示されていますね。ここ江別の「江別郷土資料館」には驚きました、江別周辺の古墳や遺跡から発掘され出土した遺物が展示され、土器だけでも約400点あまりが時代を追ってに整然と並べられており、その光景は圧巻でした。江別に縄文人が住み始めたのが約8000年以上前とされ、縄文時代、続縄文時代、擦文時代と続いたそうです。江別には石狩川始め河川が多く水路を使っての交易が盛んで多くの集落があったのでしょうね、江別土器は石狩低地帯 (土器の原材料の良質の粘土が産出する) 独特な土器文化を有し、この土器は一般に江別式土器と呼ばれ、この文化を江別文化と呼び道央圏や東北北部にまで江別式土器の影響が見られるそうです。現代、煉瓦の街として全国シェア20%以上の生産量を誇る煉瓦のルーツは縄文時代からあったのですね、、国指定の史跡や国指定重要文化財、道指定有形文化財、市指定有形文化財などなど、今の季節、見学者が少ないのでゆっくり縄文の時代に想いをはせるのもいいですね~

           江別市内はバス停や電話ボックス、交番まで煉瓦です。
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江別郷土資料館 縄文時代に触れてみませんか?
粘土で縄文の文様を付ける体験もできますョ。
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by flycoachman | 2014-03-31 23:54 | 古い建物

江別市 第三小学校

煉瓦の街に相応しい学校で、珍しくも円形三階建ての煉瓦建築、江別第三小学校です。昭和4年の開校で萩ヶ岡にある江別小学校より分離し開校当事は「江別第三尋常小学校」でした。煉瓦校舎になったのは昭和26年の事で児童数が増えた昭和32年には円形の煉瓦校舎を増築しています。江別市のHPを参照していますが学校の名称をたどると日本の歴史が見えてきますね。全国の小学校がそうであったように「江別第三尋常小学校」「江別第三国民学校」「江別町立江別第三小学校」「江別市立江別第三小学校」と四度も名称が変わっています。近年、少子化で児童数の減少にともない、昭和4年に分離した「江別小学校」と再び統合するという話も伝わっています。 (私事ですが、母校と呼べる小学校は廃校となり現在は公園になっております、旭川駅にもほど近い立地が仇となり都市化で一般家庭が減り児童数が減少したのでしょうね~母校の消失、、故郷の消失と同じくらい寂しいものがありますね~ ) ましてや煉瓦の街、江別の小学校ですからこの素晴らしい校舎を廃校にはしたくないですね。 がんばれ江別第三小学校の想いをこめて、校歌を張り付けます。
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by flycoachman | 2014-03-31 00:18 | 古い建物

江別市 まちむら農場

「まちむら農場」が江別市篠津に移転したのが、平成4年の事です。江別市内の宅地化に伴い移転せざる得なくなったのでしょうね、私の知り合いにも25年ほど前まで白石区で小規模ながら酪農を営んでいた人がいましたが、周囲に住宅が増え、乳牛の鳴き声や悪臭などで環境問題になり廃業してしまったそうです。 移転前の江別市いずみ野地区も「旧町村農場」の周囲は住宅街となり同様の環境問題になったのではと想像します。移転後生産規模も拡大し現在、165haの農場に380頭あまりの乳牛を飼育しているそうです。「まちむら農場」と言えば、いまや北海道を代表するブランドですね~濃くて美味しい牛乳はもちろん、バター、チーズ、ヨーグルト、さらにシュークリームやソフトクリームなどのスイーツまであり、全国のデパートなどにも販路を拡大しているようです~「まちむら農場」のオンラインショップはこちらです。通販では頼めないと思いますが、あっさり系のソフトクリームが美味しかったです、女房はすこし固めの昔風 (私が勝手にネーミング) シュークリームが気に入ったようです(笑)

      まちむら農場の入り口のバス停です、牧舎を模したようで農場に似合いますね~
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このバス停の向かい側に古そうな煉瓦倉庫を見つけました。委細不明ですが穀物倉庫でしようか?
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「まちむら農場」の販売所です。マンサード屋根とサイロ、北海道のイメージそのままですね
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こちらは住宅なのでしょうか、素晴らしい建物ですね
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by flycoachman | 2014-03-29 23:15

google Map で江別市から豊幌方面を眺めていると、河川が多い地域であると解りますね、北海道の母なる川「石狩川」を始め「千歳川」「夕張川」「幌向川」「清真布川」と多くの川に囲まれた地域です。今に残る旧石狩川、旧幌向川の三日月湖があり、大きく蛇行する石狩の大河を見ながら、明治の初め開拓の鍬を降ろした先人たちは洪水との戦いだった事は想像に難くないですね、随分前に読んだ本「新十津川物語」川村 たかし著 を思い出しました。今から120年ほど前、奈良県十津川郷から山津波のため、新天地を求めて遠く離れた北海道への移住を決意した十津川郷士の開拓物語です。水害から逃れ滝川近くに集団移住し、開拓するも石狩川の氾濫で又も洪水被害を受け、追い討ちをかけるように稲作の病虫害、筆舌に尽くしがたいご苦労の物語でした。石狩川の洪水を調べていると「石狩川振興財団」のHPに昭和56年の水害で豊幌地区で被災された方の手記がありましたので転記いたします。  「豊幌駅前で理容店を開いて今年で51年になりますが、この間はまさに洪水との闘いでした。昭和36年と37年、50年、そして56年の、4回も浸水被害に遭いました。なかでも昭和56年上旬洪水は思い出したくないほどの被害でした。1階の天井あたりまで水に浸かったのです。計ったら2.8mもありましたが、地域には2階まで水に浸かって屋根しか見えないお宅も5、6軒ほどあり、ひどい状況でした。また国道と鉄道が不通になり、1週間程、交通網が寸断されました。4日間避難していましたが、洪水後の後片付けも大変な苦労です。水は3日経ってもひかず、上の清んだ部分を使って壁を洗うのですが、匂いがきつくてたまらない。使えなくなった大量の家財道具の処分もあります。結局、6年後に家を建て直しました。駅前には小さな商店街があったのですが、みな洪水後に出ていって、3軒しか残らなかった。うちも洪水後は商売にならず、田植えや稲刈りを手伝いながら、なんとかこらえて乗り越えてきたのです」加藤 英作氏談  貴重な体験談ですね~この水害を契機に「千歳川放水路」の議論が活発になったことはまだ記憶に新しいことですね。さて、今日の画像は豊幌地区に点在している煉瓦のサイロです。水害以前から酪農が盛んだったようで国道12号線からも見つけることができました。屋根が破損しているサイロもありましたが、これもまた時代の変遷を感じさせられますね~
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by flycoachman | 2014-03-28 23:33 | 煉瓦建築

江別市内から国道12号線を北へ進み千歳川、夕張川を越えると函館本線JR「豊幌駅」があります。小さな駅ですが、駅前に中世ヨーロッパの城郭を模したともとれる煉瓦製の電話ボックスのモニュメントがありました。煉瓦での町おこしに力を入れている江別市らしい素晴らしいモニュメントです。平成2年の完成で埋め込まれた銘板には、設置者「豊幌自治会」「豊幌町内自治会」協力 「江別市」「ダイヤ企業株式会社」設計 施工「上野煉瓦工務店」とあり地域の皆さんの協力があって出来た記念碑的な意味合いを持つものだと感じました。使われた煉瓦は約1万1千個、現在の煉瓦職人の技術を後世に伝え残す為のモニュメントでもあるのでしょうね、多彩な飾り積みに職人の確かな技術とセンスを感じました。

函館本線JR「豊幌駅」駅舎にも煉瓦が使われたいました
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国道12号線側から撮りました
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by flycoachman | 2014-03-27 23:15 | 煉瓦建築

昨日、更新の「屯田兵火薬庫」のすぐ近くの森の中に面白いものを見つけましたので写真を撮って来ました。江別神社の鎮守の森にあり、なぜか本殿に背を向け、細い道を挟んで以前に紹介した「江別小学校」を向いて建って?いや!座っている「二宮金次郎」像でした。私も含め同輩には馴染み深い二宮金次郎像ですが、これまで腰掛けて (切り株に?) いる像は初めて見ましたね~まだ身分制度あった江戸時代後期の人です。農家の生まれでしたが水害や度重なる飢饉を経験し、父を14歳で母を16歳で亡くし貧困のなか苦学し「論語」「大学」「中庸」等を独自に学び、特に農政、土木工学に優れた才をしめし、後に小田原藩士に取り立てられます。「二宮金次郎」像が日本全国の小学校に設置された経緯は、皇国意識と国威発揚、金次郎の勤勉、倹約の思想が当時のの国策と合致し、象徴化されることで国家に利用される形で銅像の建立が全国展開されるに至ったようですね~二宮金次郎、後の二宮尊徳は意外なことに札幌にも縁がありました。尊徳の優れた門人の一人で明治初期の札幌開拓に貢献した「大友亀太郎」です。現在の石狩街道、創成川から水路 (堀) を堀り北7条近くから東に向かう水路、後に大友堀と呼ばれる運河を作ったのですね~元村の土台を作り上げたその業績から東区の「開拓の祖」と称され、札幌村郷土記念館敷地には丁髷、刀を差した「大友亀太郎」の立派な像もあります。話は、それましたが、萩ヶ岡の江別神社に背を向け、森の中から江別小学校の児童を見守る二宮金次郎像、設置された方々の心根の優しさに感銘をうけました。

腰掛けている「二宮金次郎」
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こちらは一般的な金次郎像です  (白石小学校)  
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by flycoachman | 2014-03-26 23:34 | 古いもの

江別市 屯田兵火薬庫

煉瓦の街、江別市ですから古い煉瓦建築は沢山ありますね、今夜の更新は道央圏に現存する最古の煉瓦建築「屯田兵火薬庫」です。明治19年に屯田兵第三大隊本部の火薬庫として作られました。危険物を収納する火薬庫ですから火災から守るため屋根は瓦屋根,出入り口は頑丈そうな大型鉄扉で、裏面には灯り取りのためでしょうか小さめの窓がありますが、こちらも鉄扉で火災に備えています。軒下に焼き過ぎ煉瓦を使用した飾り積みも見られますね (デンティル積み) 明治政府が屯田兵のため潤沢な資金を用意したのではないかと想像します。明治19年製の煉瓦ですが、刻印のSの字から現札幌白石区に有った「鈴木煉瓦」製と判明しています。鈴木煉瓦製造工場は明治17年に「鈴木佐兵衛」が創業し開拓使の道庁赤煉瓦や現札幌ファクトリーやビール園の建築にも使われていました。近年、JR白石駅が改装され同地が道央圏における煉瓦発祥の地として煉瓦を使った駅舎に変わりました。今日の更新にあたりJR白石駅付近を探索 (笑) してきました。駅に程近い公園に、わずかながら雪の中から煉瓦が顔を出し、プレートには「やなぎ公園」とありました、傍には説明版があり白石と煉瓦の歴史を簡単ですが説明して有りました。明治17年に白石に煉瓦製造工場ができて、わずか2年後の明治19年には江別で屯田兵の火薬庫が出来る~運搬手段は馬車か船か?文字を入力しながら、明治の時間軸で逍遥している私がいました、、、
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札幌市白石区「やなぎ公園」です、明治の昔を偲ぶ術はありませんが、雪に埋もれた煉瓦を見れば、瞬時、大きな煙突をもった煉瓦工場が見えたような、、、
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by flycoachman | 2014-03-25 23:58 | 古い建物

江別市 旧町村農場

江別市の関連で知名度が高い人物といえば、私の世代で真っ先に思い浮ぶのは、元北海道知事「町村金五」氏でしょうね~昭和34年から42年まで8年あまり知事を務めました。子息がご存知の「町村信孝」氏です。北海道の政治のみならず畜産振興など北海道を代表する名門一族といえますね。北海道における町村氏の足跡をたどると、札幌農学校に学んだ「町村金弥」氏が農場を興し、長男、敬貴氏が大正6年石狩市で農場を創設、昭和2年に江別市いずみ野 (対雁) に移転、周囲の宅地化が進んだ、平成4年に現在地、北海道江別市篠津へ「まちむら農場」として移転しています。先日、江別市いずみ野にある「江別市旧町村農場」を訪れました、現在は江別市に移管され公園となり深い雪に覆われていましたが、二基の大型サイロやマンサード屋根の建物は昭和初期のキング式牛舎で、町村氏の資料や当時の酪農に関する資料が展示されています (冬季閉鎖) 大型牧舎、古い煉瓦倉庫など当時の繁栄と栄華を感じ取ることができました。
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       公園ですからトイレがあります、この公園に相応しいデザインですね~
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by flycoachman | 2014-03-24 23:34 | 古い建物

江別市文京台に私学としては日本一広大なキャンパスを持つ「酪農学園大学」があります、昭和8年に創設された北海道酪農義塾が起源です。酪農義塾を母体に、1950年、酪農学園大学短期大学部が創設されると酪農学園初代理事長、初代学園長には、後に北海道製酪販売組合を設立し、ブランド名として名乗った雪印乳業を作った「黒澤酉蔵」がなりました。実業家。教育者、環境運動家、日本の酪農の父と呼ばれる人格者でもありますね、「田中正造」に学び「健土健民の思想」「キリスト教に基づく、神を愛し、人を愛し、土を愛する、三愛精神」を建学の精神として 多くの酪農家を送り出しています。今日、紹介の「旧精農寮」は昭和20年建築の煉瓦造りの建物で、レンガ積みの実習を兼ねて教員と学生が一緒になって建設に参加したと伝わっているだけに、建築デザインの自由さに暖かみが感じられる仕上がりになっていますね~今回は冬の撮影ではありましたが、広大な雪原のキャンパスに、ひときわ歴史の重みを感じられた煉瓦建築でした。
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        日本酪農の父 建学の父 「黒澤酉蔵翁」
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by flycoachman | 2014-03-23 23:26 | 古い建物

昨日に続き、 江別市陶芸の里セラミックアートセンターの更新です。広い建物内には「れんが資料展示室」「北のやきもの展示室」「小森 忍記念室」などの展示室や陶芸体験工房など、江別市ならではの煉瓦を含めた「やきもの」の幅広い内容になっています。江別で発掘された縄文の素焼き土器から、煉瓦の歴史や製造過程、北海道を代表する現代陶芸作家の作品など「やきもの」に関するものならスペースシャトルに使われている耐熱セラミックタイルまで展示してありました。勉強不足を露呈するようですが「小森 忍」氏 (1989-1962 年) をまったく知りませんでした、陶芸家として河井寛次郎、浜田庄司と並び称されるほどの高名な陶芸家でした。「小森 忍記念室」の解説を読むと釉薬研究の第一人者で戦後、北海道窯業と陶芸の発展に大きく寄与し、北斗窯をもってアイヌ紋様をデザインした「やきもの」は特に評価が高いようです。「れんが資料展示室」では時代を追って煉瓦の製造過程の写真、ジオラマ、実物の煉瓦の積み方などが展示され大変参考になりました、これからも古い煉瓦建築を撮っていくつもりですが、レンズを向けた時、内部の構造がわずかでも写し込めれば幸いです。

                        フランス積み
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イギリス積み
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サイロなどの小口空間積み  (小端空間積み)  
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by flycoachman | 2014-03-22 23:32 | 煉瓦建築