<   2015年 09月 ( 28 )   > この月の画像一覧

風邪でダウン

昨夜の事でした、スーパームーンを撮ろうと三脚をベランダに据え、薄い部屋着のまま1時間ほど外での撮影、風邪をひいてしまいました。40度前後の発熱で意識朦朧、よって、今日もブログ休みます。
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by flycoachman | 2015-09-29 17:59 | 健康

「浜益神社」狛犬   

日本海に面した神社の例にもれず、「浜益神社」も随分と歴史のある神社ですね~御影石製の鳥居に刻まれた 安政三年奉納 の文字にまず驚かされました。たどれば百五十九年年前に奉納されたのですね、由来によれば縁起は天保年間とされ、石狩国浜益郡に「稲荷神社」として創建されたとありました。維新後は開拓史より旧社格である「郷社」となったそうです。狛犬ですが、一見すれば「岡崎現代型狛犬」の新しい物かと思いましたが、標準的な岡崎型とはやや違うような感じなんですね~

阿吽(あうん)配置は定位置ですが、吽形の頭に角がありました。これは古い参道狛犬の意匠で、阿形が「獅子」吽形が一角を持つ「狛犬」なんですね、通常、便宜的に狛犬と表記していますが本来「神獣」で決して犬ではありません!素材が御影石で、台座には昭和三年奉納「御大礼記念」(昭和天皇の即位礼)と彫られれていました。ただ、参道狛犬の各種参考資料を熟読すれば、台座に彫られた奉納年は必ずしも狛犬の奉納年にあらず!との見解が多く見られます、

狛犬本体の製作は町場の石材店で造り、台座基礎は地元の建設業者が作ることが多くみられる事や、何らかの理由で狛犬が壊れ、古い台座に新しい狛犬が座っていることがままあるようです。そんな事を思いながら、御影の古い意匠の狛犬、、想像すれば北陸あたりの石屋が造り、北前船のバラストを兼ね日本海を揺られて浜益にたどり着いた、、そんなロマンが似合う狛犬かなと、、

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by flycoachman | 2015-09-27 22:29 | 狛犬

作家 本庄睦夫の作品「石狩川」をご存知でしょうか? 昭和十三年、芥川賞候補にもなった古い作品です。明治維新後の仙台藩 岩出山支藩が、北海道当別に入植した物語で、屯田兵のように官費をもって、ある程度生活を保障された開拓とは違い、賊軍となった士族が刀を鍬鍬に持ち替えて慣れぬ農地の開拓、先祖伝来の土地を捨て新天地で筆舌に尽くしがたい苦労をしての開拓物語ですね (未読の方は青空文庫にもありますのでお勧めします) 

その岩出山支藩を北海道移住に導き、開拓の精神的支柱であつたのが、岩出山支藩主「伊達邦直」公です。邦直公に限らず、北海道には仙台諸藩の入植が多いですね、代表的なのが「伊達市」「登別市」札幌近郊では「手稲地区」「白石地区」「栗山町」や日高地方や千島などの記録も残っています。今日の「當別神社」ですが、御祭神として「伊達邦直之命」が祀られています。

岩出山支藩主を神として崇める。小説「石狩川」を読めば、昼なお暗い原始林で艱難辛苦の御苦労を家臣と共にされた殿様ですから、御祭神「伊達邦直之命」となり崇められるのは、現在、開拓され稲穂が黄金色に揺れる豊かな当別町を目にすれば、当別町民ならずとも拝殿で掌を合わせたくなります。さて狛犬ですが、大きく立派な「広島玉乗り型」の軟石狛犬でした。はて、どこかで見たような、

ここ「當別神社」を訪れる前に行った「高岡神社(リンク参照)」の狛犬と同じ狛犬なんですね、同じ石工の作と思えます~高岡神社の奉献が昭和十年、當別神社は翌十一年の奉献で、こちらの方が台座も高くて狛犬も大きく立派なものでした。意匠は特徴的な尾が後頭部まで続いている独特なものでした。阿吽(あうん)の配置は通常です。人口一万七千人ほどの町に、広大な境内、大きな鳥居、大きな狛犬、大きく立派な拝殿、「伊達邦直」公が、いかに町民に慕われているのか、その証がここにあります。
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by flycoachman | 2015-09-26 22:33 | 狛犬

西當別神社の「當」は旧字で、町名の当別町とは違い歳月の重みを感じ神社に似合う字体ですね~由来ですが、詳細な縁起は不明なようで明治の初期に各地からの入植者が小祠を建て、明治四十二年に出身地からの御分霊を合祀奉斎し同地に祀ったのが西當別神社の始まりと思われます。狛犬は一対で阿吽(あうん)は反対です。大正十二年豊平村の生れので、台座には「石屋 札幌区豊平○○○(判読不明 番地と思われます)武石常太郎」と彫られていました。

札幌市内の狛犬にも、石工さん達の銘が散見されますが「武石常太郎」の銘は初めて見ました。「石屋」との銘があるところから武石常太郎さんは石工ではなく、石材店の親方かもしれませんね~意匠は基本的に「山崎型」を踏襲しているような、、明治~大正期には豊平村に多くの石材店がありましたので、狛犬といえば先駆的な「山崎型」を模し造ったのではないでしょうか、、、台座も含めて優れた狛犬かと思います。
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by flycoachman | 2015-09-25 22:32 | 狛犬

石狩市八幡町に鎮座する「高岡神社」です。訪れた当日は例大祭の前日だったようで、氏子中の皆さんが笑顔で祭りの準備に忙しそうにしていました。石狩方面全般に言えることですが、日本で三番目の長さを誇る大河、石狩川の河口近くは砂礫質で稲作には不向きでした、先人が幾多の苦難を克服し土地改良に努めた事から現在の豊かな稲作地帯が出来たそうです。以下、開拓の碑より、書き写しです。

この地高岡は 一八八五年(明治十八年)山口県移住者により拓かれてから ここに百年を迎えた この間先人よく相助て厳しい自然と幾多の困難を 克服し耕地を拡げ貯水池を築き土地改良に専念 楽土建設に励むその素志よく達せられ 今や高岡は当町水田発祥の地 全道屈指の畑作先進地として隆盛を見るに至った 開基百年に当たり往時の労苦を偲び先人の偉業を讃え 追慕感謝の誠を捧げて これを後世に伝えるためこの記念碑を建てる

昭和五十九年七月十五日 高岡開基百年記念事業協賛会 

とありました。狛犬ですが奉献年が昭和十年 軟石製で意匠が安芸地方に多い「広島玉乗り型」に分類される素晴らしい狛犬でした。入植者の出身地方が山口県ですから、隣の広島地方から伝播した意匠の狛犬を見慣れていて、石工さんに意匠を伝えたのかも知れませんね~阿吽(あうん)は通常配置、特徴として尾が随分と立派ですね~尾の先端が後頭部と繋がっています、石工さんが台座に設置する際に中にロープなどを通すなどの用途も兼ねたのか?と勝手な想像をしています。
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by flycoachman | 2015-09-24 22:24 | 狛犬

「厚田神社」狛犬   

厚田神社の創祀が嘉永元年と言いますから、こちらの神社も相当古い、各地の神社を巡って気が付いたのですが、江戸時代から箱館(旧称)より鮭や鰊。昆布などを求めて北上して、「江戸にも無い!」と言われるほど好景気に沸いた、江差、松前や上ノ国などにも、古い神社が多いのですね~今日の厚田神社も江戸時代の創祀で、狛犬なども、江戸ほどの時代はありませんが古く感じられる軟石狛犬です。奉献年、石工とも銘はありませんが、厳しい季節を耐え続けたのでしょう、

相当風化が進んでいますね、脚部などはコンクリートで補修されている、氏子の皆さんに大切にされている狛犬なんですね、台座には「厚田工匠會 會員一同」と奉献者銘がありますが、字体などからの推測で大正期~昭和初期ではないかと思います。拝殿には古い神社に見られる「木鼻」がありました。拝殿正面の上部柱を繫ぐ梁の両端に装飾を施したもので、こちらのものは、

獅子頭で阿吽の形状ですね、神社が出来た当初は極彩色であったろうと思われますが、現在は狛犬同様、長い年月の風雪に耐えてきた古色が証として味わいを感じさせてくれます、、神社の位置ですが、漁港を見下ろす小高い丘の上なんですね、阿吽(あうん)の狛犬がそろって日本海を見つめている、航海の安全や大漁を願い、無事に帰って来い!と叫んでいるような気がします、、、
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by flycoachman | 2015-09-23 22:14 | 狛犬

「石狩八幡神社」狛犬

石狩八幡神社前にある由緒書きを書き写します。

石狩八幡神社は安政五年(1858年)に箱館総社八幡宮の末社として、当時の箱館奉行所に設立を願い出て認められました。蝦夷地総鎮守として石狩川右岸(現八幡町)に建立されましたが、町の中心が本町地域に移ったため明治七年に現在地に遷座されました。祭神の誉田別命(ほんたわけのみこと)のほかに、幕府石狩詰役所在勤の荒井金助が勧請した稲荷大神も祀られています。境内には、木戸孝允が兵部省石狩役所を秀才していた井上弥吉に依頼されて書いた書「文武一徳」「肇域四方」を刻んだ御神燈軸石も残されています。九月十四、十五日の例大祭には神輿渡御が行われ賑わいをみせます

創祀が安政五年で江戸時代なんですね~百五十七年前も前に石狩場所と言われた石狩川河口の漁場は松前藩の管理下で大変な賑わいがあった様です。石狩八幡神社の御影石と思われる明神鳥居には文化十年奉納の文字と海上安全と刻まれていました。不思議な事に石狩八幡神の創祀より四十五年も前の年号が刻まれているのです。想像すれば、箱館総社八幡宮の末社として認められる以前に、石狩の地で鮭漁や鰊漁で莫大な財をなした大網元が八幡町に私祠として建立した社に、北前船で運ばせたものを建てたのではないかと、、狛犬ですが阿吽(あうん)定位置で昭和六年奉献、珍しく小樽の石材店の銘が入っていました。正確に書くと「オタル 濵名石材店 作 昭和四年」です。意匠は全体に小ぶりで耳が垂れ、尾が小さいですね~こちらは阿吽(あうん)が真正面に向き合うように設置されています。
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by flycoachman | 2015-09-22 23:31 | 狛犬

石狩市「生振」(おやふる)ここも北海道難読地名の上位にランクされる土地ですね~同地には以前、会社の同僚が住んでいましたので、辛うじて読む事ができました。北海道地名の例にもれずアイヌ語からきているようで「オ・ヤ・フル」(尻が陸に付く丘)に由来するそうです、地図をみれば一目瞭然で、かって石狩川が大きく蛇行し茨戸川(真勲別川)との合流点であった所を石狩川をショートカットしたため残された中州のような土地なんですね~ショートカットされる以前の行政区分は現当別町だったような事を、

同僚から聞いたのを思い出しました。生振神社ですが生振地区のほぼ中心に鎮座しています。明治六年宮城県より入植され小祠を建立したのが縁起とされていますが、後になり愛知県からの入植者が多く来道したようです。狛犬ですが個性的で魅力的な狛犬が二対いましたね、一の鳥居をくぐれば最初に出迎えてくれるたのが、阿吽(あうん)が反対の軟石狛犬で、全体に大型で特に鼻が大きく蜂にでも刺されたようにでかい!」所謂「獅子鼻」なんですね~意匠としては山崎型に近似しているような、、

狛犬本来のお仕事は神聖な境内に邪気や不浄なる者を寄せ付けない事で、神獣ですから怖い貌が多いのですが、生振神社の二対とも怖さより人間的な愛嬌を感じますね~拝殿の近くに対座しているもう一対ですが、これも又面白い!体躯は向かい合っているのに首が不自然に九十度に曲がっている、奉献年が昭和十年ですから八十年もの長い間、同じ方向を向き続けているのですね~お疲れさまと申し上げたい!
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by flycoachman | 2015-09-21 22:49 | 狛犬

札幌方面から国道231号線石狩河口橋を渡り、間もなく当別方面へ右折すると今の季節は稲穂が黄金色に実っていますね~そんな田園の一画に「生北(せいほく)神社」がありました。北海道神社庁のHPに依れば明治三十七年入植者が相議って現在地に小祠を建立して天照大御神、誉田別尊を奉斎したのに始まる。昭和三十四年本殿を新築し、付近の稲荷神社、倉稲魂神を合祀した」とありました。倉稲魂神(ウカノミタマ)とは穀物の神様ですので、現在の見渡す限りの黄金色の稲穂を見れば、

多くのご苦労の末、御利益があった様です~狛犬ですが軟石狛犬で昭和五十三年の奉献の新しいものですが、意匠が少々変わっていましたで紹介します。阿吽(あうん)は定位置です、この時代にはすでにグラインダーなどの電動工具が使用されていますので細工は綺麗ですね、石工さんに似たのかもしれませんが、全体に肥満気味でした(笑)私が気が付いたのは、吽形(うんぎょう)の頭頂部に短いながらも角(ツノ)があるのです、これは、古いタイプの狛犬に見られるもので、阿形(あぎょう)は

右で「獅子」吽形(うんぎょう)が左で一角を持つ「狛犬」 本州の神社でも古いものに見られる意匠なんですね~制作年代は新しくても古い意匠に拘った石工さんの心意気が嬉しいですね~素材は軟石ですから道産子狛犬と思います。
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by flycoachman | 2015-09-20 22:33 | 狛犬

昨日に続き「花畔神社」の狛犬、四対のうち残り二対の更新です。境内には由来や碑誌なども多く、読めば先人の大変なご苦労が偲ばれます。

碑誌 「この地バンナグロは 一八七一年(明治四年)三月盛岡県下陸中国岩手郡より召募移民として我々の父祖 三十九戸百二十九人が入地したことに始まり五月花畔村が開村した 翌五年の二戸を加え先人よく困苦欠乏に耐え砂と水にいどみ開墾に業に励んだ、、、(略)

碑誌にあるように、困苦欠乏に耐え砂と水にいどみ開墾に業に励んだ、そのご苦労が結実した時、神様に感謝し奉納した狛犬が、今日最初の狛犬です。四対の内、唯一奉献年が明治三十七年とあり、発起人として花畔村氏子中八名の名が刻まれていました。軟石狛犬で北海道神宮の頓宮(リンク参照)にあったような珍しい「構え獅子」型で資料によれば、顔つきは厳めしく出雲地方や丹後地方の多くみられる意匠のようですが、

花畔神社のものは表情は優しく、開拓の苦労をねぎらう様にも思えてきます(阿吽(あうん)は反対の配置) 最後の狛犬も軟石狛犬で札幌市内でも良く見られる山崎型を模したものと思われますが、尾に特徴がありましたので画像を添えます。こちらは奉献年石工とも不明です(阿吽(あうん)は定位置) 札幌市のはずれ、当時、不毛の石狩の地の小さな神社に四対もの狛犬がいる!調べれば物語は時空を行ったり来たり、、面白い!面白い!

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by flycoachman | 2015-09-19 21:31 | 狛犬