<   2017年 11月 ( 30 )   > この月の画像一覧

SAPPORO WHITE ILLUMINATION 3

法事がありまして昨日から旭川へ行っていました。時間があればイルミネーションと夜景などと思っていましたが、ライトアップが始まるのは12月2日からだそうで~それにしてもさすが「氷点」の街旭川、夜の街を歩けばキュッ!キュッ!と靴が鳴る。今夜の画像もSAPPORO 「WHITE ILLUMINATION」です。
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by flycoachman | 2017-11-30 22:22 | イベント

WHITE ILLUMINATION 2

昨日に続き札幌ホワイトイルミネーションです。雪が降る中の撮影でカメラやレンズが濡れてしまい心配でしたが、帰宅後十分に乾燥させテストするも杞憂でした。改めてカメラのマニアルを見ればカメラ本体は防滴ですが、レンズは?で防水のレンズカバーが必要のようで、、
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by flycoachman | 2017-11-29 22:56 | イベント

WHITE ILLUMINATION

第37回 札幌ホワイトイルミネーションが先日から開催されています。日本三大イルミネーションに認定されたとか、そのせいでしょうか今年はイルミネーションの数が随分と増えたようですね~あえて雪がチラつく夜を狙ってみましたが、、、レンズにも雪が、、
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by flycoachman | 2017-11-28 21:58 | イベント

「渡辺 カネ」と晩成社

九月末に帯広を訪れ「依田勉三翁」のブロンズ像を写真に撮り、ブログにUPしたいと思い、人となりを調べだすとこれが又随分と面白い。十勝では「開拓の父」「拓聖」と崇められる一方で、故郷伊豆では評価が低いどころか悪くも言われる。これはもっと調べなければと図書館通いが続いたなかで、最後にもう一人紹介したい女性がいます。

晩成社の幹部として勉三を支えた「鈴木 銃太郎」「渡辺 勝」いずれも旧士族で勉三とは「ワッデル塾」で親交を深め帯広開拓の同志となるわけですが、伊豆にて晩成社設立時に 鈴木 銃太郎の妹「カネ」は 渡辺 勝に嫁ぎます。その「カネ」の経歴が凄い、信濃国上田藩の重臣である「鈴木親長」の長女として生まれ、維新後、父や兄と共に受洗し、

明治八年(十六歳)横浜共立女学校入学、同十五年、英文全科を卒業した三人の女性の一人です。当時の日本で最も優れた学歴、見識を持った女性が二十三歳で「渡辺 勝」に嫁ぎ、翌年、未開のオベリベリ(帯広)の夫のもとに行きます。カネは開墾の傍ら、入植者の子供たちやアイヌの子供たちにも分け隔てなく教育に力を注ぎます。兄、銃太郎も入植以前よりオベリベリに住んでいたアイヌの人たちとも

親交を深め、族長の娘「コカトアン」と結婚します。夫「渡辺 勝」はアイヌ民族の農業世話係を任命されたり、先住民族と共存し生活の向上を共に目指したことは他の入植団とは明らかに違いますね~後に「カネ」が語っています、開拓を成し遂げられたのは八割は信仰の力だと、、明治二十三年、渡辺勝・カネの粗末な開拓小屋にアイヌ民族調査のためイギリス人のサベージ・ランダーが訪れます。

蝦夷の奥地、未開の地に英語の話せる夫婦がいて、ともにキリスト教信者、ランダーさんは驚いたでしょうね~そのランダーさんが描いた夫婦の開拓小屋の絵が「帯広百年記念館」に収蔵されています。開拓小屋で「カネ」が始めた私塾は現在の帯広小学校の土台となったそうです。

追記 
帯広神社の向かいに中島公園があります「中島武市」氏が土地を寄贈したそうで、実業家で後に帯広市議を歴任した人物です。同公園にある「依田勉三翁」のブロンズ像を建立した人物でもあります。この人のお孫さんがシンガーソングライターの「中島みゆき」だそうです。そう思って「時代」などを聞けば「勉三」や「カネ」が生きた時代の片りんをを逍遥できそうな、、

「依田勉三と晩成社」 井上壽・加藤公夫 
「依田勉三の生涯」松山 善三
「十勝人」道新帯広報道部編 
「北の大地に生きる」小暮正夫
「十勝平野」上西春治
「凛として生きる」加藤 重  
 他
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by flycoachman | 2017-11-27 22:49 | アイヌ民族

依田勉三翁 3

明治期、蝦夷地開拓には帯広の「晩成社」豊頃の二宮尊親が率いる「興復社」浦河の鈴木清が率いる「赤心社」ような民間の開拓団。開拓と北辺の守りを兼ねた屯田兵、新政府に領地を取り上げられ禄を無くした東北諸藩の家臣団、華族に割り当てられた広大な農場(薩長閥系が多かった)さらに皇室の御料地、御料林なども各地にありました。

開拓使はまともな道路もない道東の内陸部までは管理できず「晩成社」が出した土地払い下げ願が幾度も不認可されるなど、事業を軌道に乗せることは困難を極めたようです。そんな厳しい生活を支えたのは、信仰の力ではなかろうかと思います。依田勉三、鈴木銃太郎、渡辺 勝はいずれもキリスト教信者でした。「赤心社」もキリスト教 豊頃の「興復社」は二宮尊徳の孫の二宮尊親が興復社を率い「報徳思想」が過酷な開墾の支柱だったのでしょうね~今日の画像もWEBから「晩成社」の商標と豊頃町の「二宮尊親」像です。

「依田勉三と晩成社」 井上壽・加藤公夫 
「依田勉三の生涯」松山 善三 
「十勝人」道新帯広報道部編 
「北の大地に生きる」小暮正夫
「十勝平野」上西春治
「凛として生きる」加藤 重 
  他

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by flycoachman | 2017-11-26 22:33 | ことば

依田勉三翁 2

明治16年春、依田勉三率いる晩成社二十七人の開拓者は温暖な南伊豆からオベリベリ(帯広)に入植します。しかし開拓は困難を極め、バッタや野鼠の食害、和人による鹿角拾いのための放火や水害、冷害など何年にもわたって続きます。屯田兵などの官費入植者とは違い、晩成社は伊豆の豪農依田家が資金を募り出資した営利団体であり、幾年過ぎても当初の計画とはかけ離れた状況が続き利益どころか、

やむなく伊豆に帰える者や逃げ出す者まででる状況でした。しかし勉三は十勝の風土に合う作物(根菜や豆類)や酪農、養豚など今の十勝の根幹となるべく産業を生み出し、後に続く入植者への標となったのです。明治の末、晩成社の事業は農場、木工場、練乳工場や缶詰工場、バター工場までありましたが、出資者への利益還元は遂に行われず大正五年、晩成社としての事業は休止し、大正十四年帯広の自宅にて七十三歳で亡くなります、、いまわの言葉は「晩成社には何も残らん。しかし、十勝野には…」 

画像はアイヌ衣装を着た若き勉三と銅像のモデル当時と思われる勉三です
(画像はWEBより)   明日も依田勉三です。

「依田勉三と晩成社」 井上壽・加藤公夫 
「依田勉三の生涯」松山 善三 
「十勝人」道新帯広報道部編 
「北の大地に生きる」小暮正夫
「十勝平野」上西春治
「凛として生きる」加藤 重 
  他
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by flycoachman | 2017-11-25 23:10 | ことば

依田勉三翁の話

九月の末に道東方面を旅行した際に撮った帯広神社前にある「依田勉三翁」のブロンズ像です。帯広の開基は依田勉三の晩成社から始まったと云われています「帯広開拓の父」「拓聖」とも言われ、札幌の北海道神宮末社である開拓神社にも合祀されています。「依田勉三」の祖は南伊豆で五百年もの歴史を持つ豪農です。伊豆と云う場所柄、明治維新後の急激な文明開化に勉学の必要性を感じたのでしょうね、

若くして三余塾に学び慶應義塾に学び明治六年には英語塾(ワッデル塾)に学び、ここで後に同志となり「晩成社」で辛酸を共にする「渡辺勝」「鈴木銃太郎」と出会うことになります。晩年、勉三と渡辺勝が酒を酌み交わしながら詠みました。勝が「おちぶれた 極度か 豚と一つ鍋」と一句ひねれば、即座に勉三が「開墾の はじめは 豚と一つ鍋」と詠み返したとの逸話が残っています。

開拓の始め豚の餌と同じ鍋で食いつないだと思い返したのでしょうか、、帯広六花亭のお菓子に「一つ鍋」「マルセイバターサンド」があります。いずれも「晩成社」にまつわる菓子で渋茶などと共に食せば百三十年も前の帯広を逍遥できるかもしれない、、明日も「依田勉三翁」です

(参考 「依田勉三と晩成社」 井上壽・加藤公夫 「依田勉三の生涯」松山 善三 「十勝人」道新帯広報道部編 「北の大地に生きる」小暮正夫「十勝平野」上西春治 他)
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by flycoachman | 2017-11-24 22:20 | ことば

初冬の色とヒヨドリ

窓から見えるナナカマドの木に今年もたわわに実のりました。先日来の寒波で凍り糖度が増した事を察知したのでしようか、早くもヒヨドリが、、
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by flycoachman | 2017-11-23 22:07 | 野鳥

支笏湖外輪山を添景に天の川を撮りたいと思い、完全防寒装備でスタンバイするも、雲レーダーアプリの予報に反して一面の曇り空!数百枚を比較明合成してみたら千歳空港に着陸する航跡(光跡)が意外と面白い!
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by flycoachman | 2017-11-22 22:17 | 天体写真

冬の夜空

梢の先には一片の枯葉もなく、間もなく長く寒い季節の到来を感じるようで、、
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by flycoachman | 2017-11-21 22:09 | 天体写真